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2010/02/20

厳冬の上高地を歩く(3)横尾へ

   <徳沢園の朝>
20100201dsc00154b この上高地山域で唯一、通年開けてくれているのはこの氷壁の宿徳沢園だけです。その徳沢園も冬期は自炊ですが、今回は燕山荘のスタッフ榊さんが心を込めて準備してくれた朝食です。
 
                                  <奥又白谷出合い>                            20100201dsc002021b  今日は穂高岳と槍ケ岳登山の分岐点横尾を往復するコース、9:00明神岳前穂高岳の稜線がカッターナイフで切り取ったように鋭く聳えています。この氷壁を左に仰ぎ見ながら一日梓川の川床をあるくのです。奥又白谷との合流地点、両岸は化粧柳が、あたかも護岸のため植林したように続いています。この時期梢は赤く色づいて墨絵の世界に彩を添えています。

    <横尾橋>
20100201dsc00215b 雪原になった河原には、昨夜歩いたらしい獣の足跡があちこちに筋になって続いています。犬や猫を飼ったことがないので知らなかったのですが、肉球というのだそうです。 カモシカの肉球もはっきり分かります。
 横尾の橋が見えてきました。あの橋を渡ると涸沢から穂高へ登るルートです。渡らず直進すれば槍ケ岳、スリーシーズンにぎわう銀座通りも白銀一色のこの季節、我々ご一行様12名のみです。                        <新村橋から前穂北尾根>                          20100201dsc00242b_2            ちらちら雪の舞う中、横尾橋のたもとでビスケットやパンといった行動食で昼食。
 往きには橋の下を歩いた新村橋を帰路は中ほどまで、主人公気取りで渡ってみました。雪原の上で吊橋が揺れています。小説氷壁の主人公の二人は真新しいナイロンザイルを肩にこの橋を渡り、厳冬の前穂高東壁に挑んだのですが、ザイルが切れ、帰りは傷心を抱えて一人でこの橋を戻ってきました。親友の遺体は雪解けの春に収容され、徳沢園の春楡の若葉の下で荼毘に付されました。
 ナイロンザイルが使われ始めた昭和三十年代、切れたザイルの切り口で切ったのか?切れたのか?その素材の安全性が問われた頃、若者がまだアルピニストという言葉に憧れた頃の話です。アルピニストという言葉も今では死語になってしまいました。

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