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2010/06/17

燃え尽きた”はやぶさ”と地上に舞い下りた”カプセル”と

6月13日夜空に長い光跡を引きながら消えていく”はやぶさ”、その光の中から新しい光跡が強い光を放ちながら飛び出してくる、テレビ報道を見ながら多くの人が、擬人化して見たように、僕も命が尽きていく”はやぶさ”、新しい生命として生まれる”カプセル”に、不死鳥”火の鳥”が重なって見えました。
 さてカプセルの中にイトカワの砂(遺伝子?)は、入っているのかいないのか。もちろん”はやぶさ”の使命が、イトカワの遺伝子を持ち帰ることですから、入っているほうがいいに決まっています。しかし”はやぶさ”の光跡に”火の鳥”をみたとき、そんなことはどうでもいいのではないか思いました。すでに”はやぶさ”は使命を果たしたのですから。
 ”はやぶさ”は幾多の苦難を乗り越え、奇跡を起こしたのです。多くの日本人の心の中にすでに”不死鳥”として甦っています。

   <絶対矛盾的自己同一>
3_4 ここからが本題です。長年「目的と目標の違いを間違えないように!」と申し上げてきました。その一つの例として「努力は報われない!」「夢は実現しない!」と申し上げるのですが、なかなか理解していただけません。
 なぜそんな理解されない暴言を吐くのでしょうか。今あまりに「夢は必ず叶う!」、「努力は必ず報われる!」といった言葉で、若者を鼓舞する大人が多いからです。それは「信じれば必ず救われる!」「すべては市場(神)に委ねよ!」という言説と同工異曲です。現世利益を説くのはエセ宗教に違いありません。
 最近「時空」という言葉が気にっています。物理学で四次元を習った折は身近な存在ではありませんでしたが、今冬、厳冬の上高地で星空を切り裂く氷壁を眺めているうちに、ふと、「今=時」「ここ=空」と気づいたとき、膝を打って納得しました。仏教にいう刹那のことでもあるのです。
  西田幾多郎はこの「今ここ」を「絶対矛盾的自己同一」という言葉を作って説いています。「今ここ」は過去(つくられしもの)から未来(つくるもの)への接点です。接点というより瞬間という言葉が適切なのでしょう、だから、仏教では「『過ぎ去った過去、未だ来たらざる未来、何を思い煩う』くよくよするな!」といいます。
 しかし西田幾多郎は懇切丁寧に、その「今ここ」に、つくられしものとしての過去の残滓、つくるものとしての未来の萌芽があるといっているのです。「過去は現在の過去、現在は現在の現在、未来は現在の未来」(小坂国継著-西田幾多郎の思想 P227-)です。
  「夢が叶う」、「努力が報われる」のは目標であり、未来(つくるもの)のことですが、それは、己の現在の意志です。「夢を見る」のも「努力する」のも、己の現在の意識、それが目的です。
 ”はやぶさ”も7年前、飛び立ったときの目的は飛び続けること、目標はイトカワの石を持ち帰ることだと思います。なんと、4年のところを諦めずに7年もそして燃え尽きるまで、飛び続けてきました。もし目標を達成できなくても、「見る、する」ことさえ忘れなければ、目標はあらためて設定すればいいのではないでしょうか。
 目的と目標も西田哲学に言う「絶対矛盾的自己同一」ではないでしょうか。夢を見続ける、努力し続けることの中に「今ここ」を「生き抜く力」が生まれるのだと思います。努々功利主義に毒されて、「叶わないから、夢は見ない」「「報われないから、努力しない」などと、”目的と目標の取り違い”をしないようにしたいものですね。自戒を込めて。        

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コメント

コメントありがとうございます
<近藤さん>
 動画拝見しました。 はやぶさの成し遂げたことは凄いと思います。それに便乗して、あの仕分けはけしからん,、という論調の多いのに辟易します。蓮舫議員のあのときに言葉「二番では駄目なんですか?」は彼女が一番知っている答えです。あのくらい気性の激しい女性(人間)が、二番でいいと思っているはずはないんです。ディベートのイロハです。一の矢で怯んだ、老人の負けです。
 一番は目的であり目標です。それをいいことに天下って予算を自分の給与や、縁者に垂れ流していることが問題だと思うんです。
 目的と目標の取り違えをしないで、成熟社会で格差が広がる中、「理屈は要らない一番でなくては駄目なんです」「天下っている自分達の給与経費を削ってでも『一番(目標)』を目指します」。といえばあの時みんあ涙したと思います。
 悲しいのは”はやぶさ”の命さえ、己の金銭欲の手段にしている、天下りのエリートの心根ではないでしょうか?

投稿: 懐中電灯→近藤さんへ | 2010/06/19 01:12

ご無沙汰をしております。
「はやぶさ」の快挙は素晴らしいことなのですが、いまいちマスコミなどの取り上げ方がさびしいような気がします。
ワールドカップの一勝も日本を元気づけてくれましたが、「はやぶさ」はもっと大きな力を与えてくれたように思います。
「はやぶさ」に関する面白いブログを見つけました。
特に動画が出色です。
お手すきの時にでもご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/miwa_30/archives/52145514.html

投稿: 近藤 | 2010/06/17 12:41

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