« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010/07/29

小さな親切余計なお世話!

        <自己責任>
20100723dsc01547b 小泉・竹中政権の新自由主義の呪文「自己責任」が、とうとう北アルプス山頂まで覆ってきました。烏帽子岳2,628㍍の頂上へ、最後の岩場に取り付くところに高札が立っています。なんと「自己責任」。小屋の主人がまさか新自由主義者ではなく何気なく使ったのでしょうが、喘ぎ喘ぎここまで辿り着いて、さああと一息、360度の眺望を楽しもうと、岩に手を掛けたそのとき、「自己責任」を浴びせられると、大自然よお前もか!と叫びたくなります。山小屋の受付にも「自己責任」の張り紙が赤々と張ってあります。夕食の時、写真を見せて同宿の人たちに聞くと、異口同音に、「とても嫌な気分になった」とひとしきり話題が盛り上がりました。何時の日か、大都会の交差点の信号機の下にも「自己責任」の高札が立つようになるのでしょうか。

続きを読む "小さな親切余計なお世話!"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010/07/15

映画「必死剣鳥刺し」を観て

 藤沢周平作品の映画化と聞いただけで、家内を連れ立ってささやかな娯楽を兼ねて、映画館に足を運びます。
 藤沢周平の小説は、封建社会のしきたり、その中で精一杯生きる人々の物語、権力の側、弱者の側、それぞれの立場、その心情の陰翳を描ききっています。そしてそれはそのまま、現代の日本の風光に重なって見えています。それが今、藤沢周平人気の表れなのでしょう。さて、「必死剣鳥刺し」は如何に。
 豊悦演ずる主人公兼見三左ェ門は、権力者岸部一徳扮する津田民部に秘剣の名の由来を問われて、「必死剣と名づけた所以は、この技を使うときは、”半端死んで”おります。故に必死剣と名づけた。」と言うのです。この一言は映画の最終場面に権力に翻弄されざるを得ない弱者の、封じ込めても封じきれない怒りとして、弱者を使い捨てにする津田珉部に対して「死中に死」の一刺として使うのです。息を呑むラストです。

続きを読む "映画「必死剣鳥刺し」を観て"

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2010/07/13

”お餅”と”政権”は庶民に焼かせろ!とゴマメの歯軋り

 子供の頃母親に、正月の度に云われた「魚は金持ちの子に焼かせろ、餅は貧乏人の子に」という諺?が頭にこびりついています。その度に「それなら俺に魚を焼かせるなよ!」と母親に聞こえないように呟いたものです。
 当時僕はお餅を焼くのは得意なのですが、魚はうまく焼けないのです。お餅はまだか!まだか!と頻繁にひっくり返します。そのほうが、表面が焦げないで、火が中まで通って柔らかくなります。それでは魚は、表面が網にくっついて、身がばらばらになってしまい形が崩れていまうのです。
 今の日本は、一人一票の選挙権が保証された民主主義?の国です。政権(権力)を変える一票の弾丸をもっているのは庶民です。ポピュリズムと言おうが、大衆迎合と言おうが、政権を変えることができるのはこの一発の弾丸です。
 お餅を焼くように選挙のたびに、「焼けたかな?」「焼けたかな?」と匂いをかぎ、焼き色を確かめ涎を垂らしながらも根気良く、諦めずに執念深く、ひっくり返し続ける、それができるのが庶民なのですから。昨年の政権交代の折は、せめて次の衆議院選挙までは、ひっくり返すのは我慢しようとと思った庶民も、菅さんの変節には我慢できなかったようですね。選挙結果はこれはこれとして、良かったのではないでしょうか?
 ボールは今政治家、官僚のといった権力の側に戻されたのですから、次は権力の側が投げる、ボールの球筋を見ることにしましょう。それをキャッチして、また再び根気良く、「お餅と政権は庶民に焼かせろ!!」と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

参議院の無用が明らかになった選挙?

 昨年の衆議院選挙で落選した政治家が、今回の参議院選挙で大勢復活しています。政治家の皆さんが、衆議院で落選したら、参議院議員に、という短絡思考で済ますのなら、衆参二院制は無用だということ、自らの無用を明らかにしたことではないのだろうか?
 今回が初めてというわけではないのですが、昨年の衆議院議員選挙と一年しか間がなかったのと、小泉チルドレンと言われた著名な方々の大量落選の印象が強かったので、とりわけ今回の参院選での復活の印象も強いのです。
 これでは、二院制は単に政治家の敗者復活の機会を増やしているだけです。この国を未来を明るくするためには、政治家の方々も、自らの敗者復活の仕組みを温存することばかり考えずに、若者の敗者復活の仕組みを作ることを考えて欲しいと思います。
 今年の新卒の就職内定率は昨年より厳しいという声が聞こえてきます。長い人生を生きていくのに、たった一回就職の機会を失っただけで、一生割を食うのでは、浮かばれません。世の中の仕組みを大きく変えない限りこの閉塞感は晴れないのではないでしょうか。
 それには、まず権力の側の自浄能力が求められていると思うのです。いつものごまめの歯軋りですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/08

梅棹忠夫逝く。

昨日、言葉にならないほど多大な影響を受けた方、梅棹忠夫が逝った。講演会の後の席から遠目に一方的にお目にかかっただけ、著書の中でかってに師としてきただけですが、僕にとっては灯台のような方でした。迷ったら「情報の文明学」、R・トフラーの「第三の波」を遡ること20年、その先見性は、50年も前の論文とは思えない、僕にとってはこれからも終生の座右の書であり続けることでしょう。
 西田幾多郎を祖とする京都学派の系譜、その学際的思考よ永遠に!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/07/03

清楚な夏つばきの花

紫陽花が終るこの時期、庭に花が無くなると思い、今年2月に夏つばきの若木を一本植えました。蕾みはあるのに中々咲いてくれません。数日して気がつくと、根元に落花しています。 
    <庭の夏つばき>
20100627dsc01424_3  この花、寿命はたった一日、朝に開いて一日で落ちてしまうのです。気づいてからはまず朝一番に花をみることにしました。期待通り清楚な花が咲きました。別名は沙羅の木です。椿の仲間ですが、落葉広葉樹なので、冬には葉が落ちて陽射しを遮らないのも気に入っています。

                      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »