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2011/02/12

なにやら似ている?相撲界と今の日本社会の状況

相撲界と今の日本社会の姿、若者の視点でみたら、なにやら合わせ鏡になっているように思えるのですが、いかがでしょうか?相撲界の問題は、今の日本社会の問題を先取りしているのではないかと思います。最高位の横綱になっても年寄株を手に入れられなければ、廃業で業界に止まることはできません。
 仕組みが出来上がっていて、仕組みの中に入れれば、引退後も興行の上りが入る仕組みになっています。まして十両にもなれなくて、業界を離れる若者、怪我で業界を離れるもの、勝負の世界だから優勝劣敗、自己責任といって誤魔化してきました。仕組みの中に入り込むための年寄株に数億円といった多額のお金が動くといわれています。そんな仕組みを見抜いているから、豊かになった日本社会の若者は、いくら「可愛がって?」くれるとはいえ、そんな危ない世界に入ろうとは思わないのでしょう。今では当たり前になってしまった外国人力士も、もとを正せば新興国の外国人労働者です。本来相撲は神事という名の興行ですから、形が大事、外国人労働者を入れる前に、日本人の若者が入りや易くなるように、若者の待遇改善が第一だったはずです。「何のために?」を深く問うならば、削るところを間違えるはずはないと思うのです。
 採算が取れなければ、まず業界のために、すでに現役を引退して名を残したのですから、引退して後、業界を運営してさらに高収入を得ている方々の取り分を、削ってこそ業界のリーダーだと思うのです。

 2006年2月に出版された「ヤバイ経済学」(スティーヴン・D・レヴィット著)でも7勝7敗の力士が、同じ力士同士の通常の土俵での勝率はは48.7%なのに、千秋楽では79.6%の勝率を上げていると書いて、日本の相撲界の八百長問題を経済学のテーマの一つにしています。
 7勝7敗のA力士に9勝以上あげている、賞に絡んでいないB力士が負けて当たり前、興行であり、日本人の論理、貸し借りの論理ですからね。しかしそこに直接カネを介在させるから八百長になるのでしょう。
 さらにしかし自分の将来を考えたら、年寄株のためにも、廃業後のためにも、まして上司たちが、しっかり既得権で稼いでいるのですから、貸し借りの論理を、直接換金してしまいたくなるのも”逆さま人情話”といえないのだろうか。
 今回の数人の力士の処分で禊とするなら、相撲界はあらまほしき姿に戻る機会を永遠の失うことになるのでしょう。原点に返って、相撲を取る人も、観る人もスポーツという目線、勝ち負けだけを優先する目線を捨てて、神事と興行、相撲道という曖昧な目線で楽しむ余裕を持てる仕組みに変えることができたらいいと思います。
 相撲界も日本社会の合わせ鏡、相撲界の仕組みを変えることが出来なければ、日本社会のこの閉塞感(若者の)も変えることはできないのではないかと思っています。
 官僚の天下り、政治家、国家、地方公務員、の既得権、TTP問題、消費税増税論議、円高問題等々に見る、政、官、財の馴れ合いの仕組み、既得権にたどり着けない若者の視点から、又弱者の視点から一考することも必要ではないでしょうか。
 与謝野俄大臣の「平均寿命90歳の時代70歳まで働け”」という発言も我田引水の極みです。いつから平均寿命が90歳になったのか、椅子取りゲームになっている今の日本、若者の職をどう考えるのか、生物の一種である人間の社会、もうすこし生態学的思考ができないものでしょうか?
 近年の世相を見るにつけしばしば、ネィティブ・アメリカン、ナバホ族の祖先の遺言、「母なる大地は祖先から譲り受けたものではない、子孫から借り受けたものである。」を思い出します。相撲は神事、文化というなら、相撲界の仕組みも日本列島も”母なる大地”であって欲しいと思うのです。

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