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2011/03/21

第一次オイルショックのときの「買い溜め」を思い出す

 第一次オイルショック(1973年)のときの買い溜め騒動を思い出します。粉石けん、トイレットペーパーが店頭から消えてしまったのです。石油ストーブ用の石油も品不足で、寒い冬を過ごしました。当時新婚早々、若かった僕は、「日本経済を信じろ!」「粉石けんやトイレットペーパーが無くなるはずはない」と家内に厳しく言ったものです。まだ初々しく従順?だった家内は、夫の僕の言うことを守って、おむつを洗いながら、当用買いに苦労していました。
 店頭に並ぶ、そのたびに価格も上がっていきました。しかし本当に枯渇したのは最後の一週間です。化粧石鹸を削って袋に入れて洗濯機を回したりして凌いだのです。
 

 凌ぐこと一週間 「あっ!」という間に粉石けん、食用油が店頭に溢れ出ました。その家内もすでに老妻、あの初々しい、従順はどこへいったのか、痕跡すら残っていません。それでも当時の記憶は残っている(と信じたい僕)のか、隠れていた図太さが、表れ腹が据わったのでしょうか、今回は自らの意思で、買い溜めをする様子はありません。
 当時も巷は、在庫隠し、売り惜しみを非難する声で渦巻きましたが、宮仕えの仕事が、原価管理担当の僕は、材料の不足、値上がりで、工場の操業は青息吐息、製品コストは日々上がっていくという状況の真っ只中にいたのです。
 製薬会社の使命から品切れさせるわけにはいきません。製品価格は厚生省が決めるのですから、製品コストを吸収するために、製品価格を上げるわけにもいきません。新しく仕入れる材料が急騰していき、製品コストも急騰してく状況に、日々電卓を叩く若かった僕は、会社は潰れるのではないかと、胸が締め付けられ、ひやひやしたものです。売り手も必死で凌いでいたのです。
 おそらくコンシューマー向けの商品を生産していて、比較的価格決定や供給に自由度のある会社でも、値上がりしていく商品仕入コストを値上げで吸収しつつ、小出しにしていく以外に方法はなかったのでしょう。大量供給してしまって販売商品が枯渇したら、次の仕入れ価格の高騰を受け入れ、賃金を上げていく資金的原資に事欠いたでしょうから。なにしろ賃金も三割、三割、二割とベースアップし、三年間で元の賃金は2倍になったのです。企業の賃金体系もグジャ、グジャに壊れてしまいました。
 当時は、コストも上がりましたが、価格転嫁できた企業が、そしてその会社の社員も助かったのです。倫理観の差ではなく、お互い必死だったのです。

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