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2011/03/29

哀しい夢を見た

  <仙台新港大津波の惨状1.>20110328dsc00183b                                     今朝(2011年3月29日)哀しい夢を見た。自分が地面に穴を掘り、白布で覆った遺体を三体埋葬している。土を被せるそのとき遺体が「まだ死んでいない。」「まだ死んでいない」と語り始めた。飛び起きた。怖いという心持ではなく、哀しいという思いの一語に尽きる夢だ。
 昨日仙台新港の大津波の惨状を見てしまったせいだろう。しばらくはバックからカメラを取り出すのも躊躇した。
 360度見渡す限りこの写真の風景だ。金曜日の15:30分過ぎ、大勢の人々が働いていただろう、散乱する車には人も乗っていただろう。全員が襲い掛かる津波から逃れられたとは思えない。まだこの瓦礫の中にその人々も残されているのだろう。この光景が夢になった現れたのだ。

                            <仙台新港大津波の惨状2.>20110328dsc00180b       30数年来の縁者、仙台在住のAさんが東日本大地震で罹災していた。隣町から仙台行きの臨時バスが出ると知ったので、取るものもとりあえずバスに飛び乗った。
 中小企業の経営者のAさんの肩には50数名の社員とその家族の生活がかかっている。幸い社員は無事だったが工場の一つが津波に流された。20名の社員は二階の会議室に逃げ、窓から流されてくる人を20数名救い上げ、一夜を明かしたという。
 それでも建屋が残ったのでまだありがたいと語っていた。すでには自家発電機を探してきて一部稼動を始めている。社員に取っても自分に取っても、お客様に取っても、工場が、動き出したという実感が生命力の源になると話してくれました。穏やかで優しく線の細かったAさん、歳月の中で経営者としての肝を鍛えていました。
 日本社会底辺を支えているのは、Aさんのような中小企業の経営者達だということをあらためて認識した半日でした。
 広大に流通拠点として整備されたはずの仙台新港は写真のような有様、自動車の輸出基地でもあり、ナンバープレートのない車も沢山散乱している、これが新車かという壊れようだ。どうすればこれほどの破壊ができるのだろう。やはり「地球は厳しい」
 

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コメント

コメントありがとうございます
<八島静子さん>
 お久しぶりですね。最後は日渡さんの定年のお祝いの席でしたかね。ご家族やお店には被害はなかったのですね。それが何よりですね。近隣のお客様に不便のないよう、商いを頑張ってください。
 それにしても三陸の津波の被害の様相と、仙台新港の津波の被害では、様相が違うのに驚きました。見渡す限りの人間の営みそれも個人生活より堅固なはずのビジネスの営みも何の差異もなく瓦礫になってしまっていまいた。遠くから被災された方々の立ち上がるのを、祈るばかりです。
 人間とは非力なものですね。
 

投稿: 懐中電灯→八島静子さんへ | 2011/04/03 09:54

 当店は仙台駅東地区で先生にリコーの会で数回お会いしてます。新港近くの会社がどこかわかりませんが流れてくる方も助けたなんて映画の世界にしか思えないほど今回の災害はすごすぎました。EM活動もしてますのでこれからできることを仲間で情報交換して進めていこうとしております。仙台に飛んできていただいた事に感謝しました。
震災後大型店はあかず、消費者がパニックになり小さなあいているお店に殺到しました。当店も電気がきたのと仕入れができたのでびっくりするほど売りましたが今はもとに戻り静かです。何よりも被害の大きい太平洋側の漁業や住んでいた方々を心配しています。八島静子

投稿: 八島米店 | 2011/03/31 20:00

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