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2011/04/16

復興資金の出所を未来(次代)に求めない努力をしましょう

復興資金は15~20兆円と試算されています。さらに現在進行中の福島原発の災害補償、原発の廃棄にはどのくらいかかるのか検討もつきません。東電の経営者は初手から責任を放棄しているように見受けます。大半は”国民の未来の税金”で賄うことになるのでしょう。
 太平洋戦争に次ぐ大惨事を国難と表現する人が多い中で、被災地をルポした姜尚中さん(「悩む力」の著者)は、あえて「国難というな『民難』だ」と語っています。そうです。国難といっていると、復興の政策も、施策も「民」から遠いものに摺り換えられてしまうおそれがあります。
 太平洋戦争も、為政者やマスコミに煽られて、日の丸を振って夫を、子供を戦地に送り出し、死なせてしまった母親も”一億総懺悔”といって、責任をあいまいにしてしまいました。福島原発の大惨事、これから繰り返されるであろう、原発事故の悲惨も「成長無くして復興無し」のスローガンによって、「一億艘懺悔」してしまうのではないでしょうか。そうしてはならないとおもうのです。原発を全廃しない限り、再び繰り返す大惨事、日本列島が人の住めない無人の島になるまで繰り返されていくことになるのではないでしょうか。  

「苦難を分かち合う」「力を合わせて」復興へ全力を注ごうという掛け声に、異論を挟むところはありません。だから消費税増税、復興税、所得税課税最低限の引下げ、復興国債発行と経済学者や、エコノミスト、自称経済評論家の方々から声高に言われると、へそ曲がりでKYな僕は、「ちょっと待って頂戴」 といいたくなります。その前になにか忘れていませんか?
 復興国債を日銀引受をすることはしてはならないと日銀総裁は語る。もっともな発言です。では、国債市場で調達するのはいいのか、結局金融機関が日銀から供給された資金で購入するのだから大同小異だと思います。やはり太平洋戦争当時国民が戦時国債を引き受けたと同じように、今の世代が直接引き受けるのがいいと思います。それも我々老中世代が無利子の30年国債を引き受ける、もし償還できたとしても今の60歳は既に90歳、傘寿の祝いの一品になるでしょう。無利子の代わりにて相続財産から外しておけば、大方はすでに冥土へ旅立っているのだから冥土の旅立ちの置き土産になればいいだと思うのです。
 大惨事の埒外にある、老中世代も「消費も復興支援だ」などというお為ごかしではなく、直接次代のために「苦難を分かち合う」「力を合わせる」ことができます。
 富裕層の方々も小泉政権が引き下げた所得税の累進税率を少し戻すことを認めてくれれば、格差社会に喘ぐ若者への皺寄せを、幾分回避することもできるのではないでしょうか。可能な限り「今ここ」で背負える者の力で賄う努力をする必要があると思うのです。
 そのためには「今ここ」を生きる世代の納得が、「信」が、不可欠です。江戸時代に藩の財政再建を成功させた山田方谷、上杉鷹山等々の事績を紐解いても、いずれもまずはじめは、為政者からの率先垂範です。自らの失敗の責任を「民」に分かち合うことを求めるのですから当たり前すぎるほど当たり前のことです。
 まず政治家、官僚(国家公務員、地方公務員)その周辺で税金が己の報酬の源泉になっている方々が率先して頭を垂れ、傷みを感じる20㌫ほどの削減を宣言して「信」を取り戻した後、まず第一に復興(次世代支援)国債を60歳以上の老中世代に求め、次いで富裕層の所得税税率アップを無心したら、多くの方は積極的に従うのではないでしょうか。「苦難を分かち合おう」「日本は大丈夫」「日本は助け合いの国」と語り合っている日本人なのですから。 

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