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2011/04/19

”消費者思考”から”生活者思考”へ

    <消費と生活と>
Photo 1.被災者は消費者ではない
 東日本大震災と福島原発事故で東北地方の人々は大きく傷ついてしまいました。直接被害を受けなかった日本人もテレビ報道の映像が見せる大津波の、なにものをも飲み込んでいく力に、荒ぶる神をみた方も多いのではないでしょうか。また現在進行形の福島原発事故の大惨事に日本人、そして世界の人々は、何をみるのでしょうか。
 様々な影響が経済活動の停滞となって現れ始めています。そのため、多くの経済学者、エコノミストの方々が「消費することが、お金の循環を通して被災者を救援することになる」といった発言を繰り返しています。一見もっともらしく聞こえますが、本当でしょうか?
 地震以前から需要不足(実際は供給力過剰)になっていた日本国内。大企業の収益力は高まっているのに、疲弊していく若年労働者、中小企業、地方といった国内の弱い部分。この弱い部分はまったく変わったわけではないのに、被災しなかった日本人が消費を戻したからといって、被災者の救援に乗数効果が現れるとは、経済学的にも「風が吹けば桶屋が儲かる」式の我田引水に過ぎないのではないでしょうか。 

                                                                <Consume→Consumer>
                           Photo
                           消費が被災者の救援につながるなどといった”お為ごかし”は止めて、”消費”とはいったい何か?”何のため”か日本人一人一人が己の生活行動を振り返って見て、再出発するときが来ているのではないでしょうか。?
 被災地へ届けられている、衣料品、日用品、食料品等の救援物資は、送り手からみると救援物資かもしれませんが、被災者にとっては生活物資です。救援物資でも消費物資でもないのです。被災者は消費者ではないのですから。そして我々も。
2.消費者とは貪る者?
 消費者はConsumerの和訳、そしてconsumerはconsumeから生まれた言葉です。す。そしてconsumeを英和辞典で引くとあまり心地よい響きのする言葉ではありません。「食い尽くす」「焼き尽くす」「消滅させる」といった言葉が並んでいます。
 広辞苑で”消費”を引いても「欲望の直接、間接の充足のために財、サービスを消耗する行為」とあります。仏教では人間の「苦」の根源の煩悩を、貪瞋痴(とんじんち)の三毒といっています。消費の意味が、英和辞典、広辞苑に書かれている意味であるなら、まさに消費とは、この三毒の「貪」がぴったりあてはまります。学者も経営者も一般の人びとも、”消費””消費”と大合唱では日本人はどこへ向うのでしょうか。明治維新前夜に各地に、風靡したといわれる”ええじゃないか” 運動に似ています。
 東海から関東へ、畿内へと拡がった民衆の狂乱は”ええじゃないか””ええじゃないか””ええじゃないか””日本の世直り、ええじゃないか”と民衆が踊り狂いながら各地の神社仏閣へ押し寄せたといいます。どういうわけか江戸幕府滅亡直前からはじまり数ヶ月、王政復古とともにピタリと止んだといいます。”ええじゃないか”はお伊勢さんへ向いましたが、”消費””消費”の掛け声は「貪りの地獄」へまっしぐら。
   <活き活きと生きる者>
Photo_2 3.生活者とは
 高度成長期から失われた20年を経てまだ止まらぬ”消費”消費””消費者”の掛け声も日本人己の心身を消耗し尽くさぬうちに、煩悩の炎に焼き尽くされる前に、そろそろ終息させても”ええじゃないか”と思いますがいかがでしょう。
 日本には”生活者”という言葉がありますが、英語には見当たりません。英語にはlife、liveという言葉があります。「生命、一生」「生きる、燃える」と英和辞典には記されています。そしてlivingという言葉に行き着きます。
 僕が大学一年のとき「The art of Living」というテキストが英語の授業で使われました。英語に弱い僕は必死にアンチョコを探して「私の生活技術」という新潮文庫に出会いました。フランス人作家アンドレ・モーロワの「UN ART DE VIVRE」の翻訳です。A・モーロアのこの本はその後講談社学術文庫に「人生をよりよく生きる技術」として収録されています。このタイトルが著者の想いにふさわしい訳文に思えます。
 モノやサービスを対価を払って使う目的は{何のため?」でしょうか、「生活のため」であり、「人生をよりよく生きるため」です。ここでは個々人の己の価値観が選択の篩(ふるい)になっているはずです。賢い人なら、モノ、サービスには作り手の手間暇(コスト)がかかっていることはわかります。良いものは高いに決まっています。安すぎるものは、作り手の誰かが泣いている、回りまわって自分も泣くことになります。これは「風が吹けば桶屋が」よりはるかに連鎖が明らかなことではないかと思います。
4.生活者思考で活き活きと
 生活者とは己の価値観に素直に、モノやサービスを選択し手に入れて使う人のことです。「より良いものを、より安く」を求め続ける”賢い消費者”のことではないのです。消費の意味から類推すれば、”賢い消費者”とは”賢く貪る者”ということになります。日本人がみな”賢く貪る者」になってしまったら、まさに日本列島は地獄図絵が現出します。
 今回の東日本の大惨事被災された方々を支援しようと日本中が立ち上がっています。世界中が驚くほどのエネルギーです。この助け合いの大合唱、”互助の心”、”利他のこころ”こそ日本人が消費者ではなく、活き活きと生きる生活者の証しです。この”利他の心”を次代に伝えていくためにも、この戦後最大の「民難」を「人生をよりよく生きる技術」を身につけた生活者思考を取り戻す機会にしたいですね。
 アンドレ・モーロアの「UN ART DE VIVRE」を翻訳した中嶌真彦さんは後書きに、このフランス語の「ART(アール)」にあたるいい言葉が日本語にはないと書いています。「ART]について、フランシス・ベーコンは「自然に人間の手が加わったもの」といっています。
 芸術と訳しては美的なものを連想してしまい、技術と訳すと、実用性、テクニックといったイメージが強くなってしまうのでしょう。この芸術性と技術性を矛盾のまま受止めるとすれば、僕には「技」を取って「術(すべ)」と一字にしたほうが、しっくりこの手に馴染むように思えます。
 生活者とは「自然のもの、他者の作ったモノ、他者のサービスを己の価値観で篩いにかけて、日々の営みを活き活きとしたものにする”術”を心得つつある者」としてはいかがでしょうか。自戒を込めて。

2年前に当ブログに書いたものもご一読ください
2009年1月22日
もう”消費者”を止めて”生活者”として生きる(1)
http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2009/01/post-6b73.html
もう”消費者”を止めて”生活者”として生きる(2)
http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2009/01/post-64e1.html

書名  「人生をよりよく生きる技術」
著者  アンドレ・モーロア
出版社 講談社学術文庫
 素晴らしい本ですが、残念ながら出版社では再版の予定はないようです。アマゾンの中古本にはまだ掲載されています。

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