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2011/06/28

映画「岳」のテーマは「信」?

山歩きがテーマの映画と聞いて、早速観にいきました。ファーストシーンから雪山遭難救助、雪の斜面でアイゼンを外して登る登山者、当然のごとく滑落して遭難、この遭難者を命がけで助ける主人公島崎三歩、流石漫画の出足、とちょっと馬鹿にして斜めに観ていました。 ところが命がけで助けた主人公、三歩は誰が見ても明らかな駄目登山者の初歩的ミスを一言も咎めることなく抱きとめて「助かってよかった」「また登ろう]と抱き合ってお互いの生還を喜ぶのです。
 普通なら、命がけで助けたんだぞ、お前の行為は雪山登山のイロハも知らないあきれた行為だ、お前のせいでこちらまで死ぬところだった、山に登る資格などない、などなど罵声を浴びせて叱りたくなるところです。 そして映画の中、数々の遭難救助のシーンもまた、同じように遭難者を咎めるシーンはありません。 

ラストシーンは、見覚えのある雪の八方尾根、白馬三山を背に抱き合う二人の男、ファーストシーンの再現です。アイゼンを外して遭難した男がまた登ってきて、主人公三歩と再会します。第一声は「また来てしまいました」です。
 映画館を後にして、人間は己の人生の中で、もし三歩のような上司に、三歩のような親に出会ったら、さぞかし諦めない、へこたれない人間に育つだろうと思いました。
 主人公三歩が仏に見え、遭難救助隊員は菩薩にも見えました。親鸞の言葉「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」、阿弥陀如来の「すべての衆生を救うまで仏にならない」阿弥陀如来の「信」を三歩の中に見た想いです。
 漫画の原作者石塚真一は、人生、家庭、会社という様々な場で出会う他者との出会いを大切に、一切を咎めない生き方をしろと語りかけているのかもしれません。全編に見覚えのある山々が映し出されていましたが、懐かしむどころか映画館の出口を出るときは、おもわず身をすくめている自分がいました。

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コメント

コメントありがとうございます
「法然の教えに従って、たとえ地獄に落ちても構わない」。「信」の意味がようやく分かってきました。カントの定言命法ですね。救われようと救われまいと「唯信じるのみ。努力は報われようと報われまいと努力するのみ。夢は叶おうが、叶うまいが、夢をみるのみ、「今ここ」の意味がようやく腑に落ちてきました。
 若い頃読んだ森正弘さん、中山正和さん等々引っ張り出しています。

投稿: 懐中電灯→雲水さん | 2011/07/07 11:16

こんにちは、雲水です。

『親鸞の言葉「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」、阿弥陀如来の「すべての衆生を救うまで仏にならない」阿弥陀如来の「信」を三歩の中に見た想いです。』
なるほど、と納得しながら読みました。無償の愛という言葉も思いました。

投稿: 雲水 | 2011/07/01 22:25

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