« 再びの白馬岳(5)雪渓をトラバースして下山 | トップページ | 生活習慣病は、食習慣病だ! »

2011/09/10

前川正雄著「マエカワはなぜ『跳ぶ』のか」を読む

書名-マエカワはなぜ『跳ぶ』のか」
著者-前川正男(野中郁次郎監修)
出版社-ダイヤモンド社
 書名にある「跳ぶ」という言葉の響きがいいですね。「飛ぶ」ではなく、「翔ぶ」でもなく「跳ぶ」です。この一語にも西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一「非連続の連続」が現れているように思えます。今西錦司の「棲み分け進化論」、西田幾多郎の「場所の論理」が混然一体となった前川哲学、その前川経営哲学が企業という共同体として、形になって立ち現れたのが株式会社前川製作所なのです。
 野中郁次郎一橋大学名誉教授の解説がついているのもありがたいです。

  
 
 

 難解といわれる西田哲学も、龍樹の「縁起するから『無自生』であり、無自生だから『空』である」や般若心経の「色即是空、空即是色」、唯識の「一切の存在はただ自己の識(こころ)のつくりだした仮のもの」といった大乗仏教の教えと並行して学ぶと、相互作用で格段に理解がすすみます。
 そして西田哲学、今西進化論が企業という形になって現出するといかなる姿になるのか、この「マエカワはなぜ『跳ぶ』のか」を読んでみてください。製品開発の現場に立ち現われた著者前川正雄の経営哲学とその背景が分かり、日常の己の仕事のあり方にも変化が現れるのではないでしょうか。
 著者前川正雄は終章でこう語っています。
「最近つくづく感じるのは二0世紀と二一世紀の不連続性だ。特に二一世紀に入ってからの先進国における政治と経済の混迷については、不連続性という言葉を持ち出す以外に説明の手立てがない。恐ろしいことに、全世界で、この不連続性がどんどん進行している。」
「原因を政治について考えてみると、二0世紀の政治が成立していた場所と、現在の場所が全然別のものになってしまった・・・・・・・」
「経済についてもまったく同じことがいえる。GDPや経済成長率に意味がなくなったとまでは思わないが、こうした数値を中心に議論をしている時代はとっくに過ぎ去った。マクロ経済と現実の経済がどんどん離れていってしまったからである」と。
 だから国、会社、家庭、個人という四つのKという、それぞれの場所に立っている一人ひとりの個が、四つの共同体それぞれを場所として、現在の場所(今ここ)から未来の場所(今ここ)へ「跳ぶしか生きつづける道はない」のです。そして現在の場所(今ここ、刹那)には「『過去の残滓』と『未来の萌芽』が絶対矛盾的自己同一としてある」と西田幾多郎は語っています。この”残滓と萌芽”が「跳ぶ」ためのエネルギーなのではないでしょうか。
 
 西田哲学、今西進化論にまだ触れていない方も、この前川哲学を片手に下記の本を紐解くとその相互作用に驚くことでしょう。そして己の内なる「残滓」と「萌芽」に気づき、未来の「今ここ」へ「跳ぶ」手がかりを掴むことでしょう。
西田幾多郎著「善の研究」-講談社学術文庫
永井均著「西田幾多郎(<絶対無>とはなにか)-NHK出版
中村元著「龍樹」-講談社学術文庫
岡野守也著「唯識のすすめ」-NHK出版
横山紘一著「阿頼耶識の発見」(よくわかる唯識入門)-幻冬舎
今西錦司著「進化とはなにか」-講談社学術文庫
今西錦司著「主体性の進化論」-中公新書

|

« 再びの白馬岳(5)雪渓をトラバースして下山 | トップページ | 生活習慣病は、食習慣病だ! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50017/52659318

この記事へのトラックバック一覧です: 前川正雄著「マエカワはなぜ『跳ぶ』のか」を読む:

« 再びの白馬岳(5)雪渓をトラバースして下山 | トップページ | 生活習慣病は、食習慣病だ! »