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2011/11/13

オリンパス粉飾事件の意味するものは?

オリンパスの粉飾決算事件が大きく取り沙汰されています。20年に渡って金融取引の巨額損失を隠してきた、そのガバナンスを問題にしている論が多いように思います。
 もし20年前1990年頃バブルの終末期に巨額の利益を出していたら、当時の経営者は隠したでしょうか?当時の経営者は、きっと満面の笑みで決算発表をしたことでしょうし、マスコミも経済評論家も多くは、こぞって絶賛したのではないでしょうか。では当時の経営者はなぜ(Why)損失を隠したのでしょうか?
 今秋パナソニック、シャープ等々薄型テレビの事業縮小で巨額の損失を出した企業は、なぜ(Why)隠さないで、それも3月決算を待たずに発表したのでしょうか。どこが違ってどこが違わないのでしょうか?
 

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映画「一枚のハガキ」を観て

20011年9月11日新藤兼人監督の最後の映画?「一枚のハガキ」を観ました。99歳の作品とは、思えない驚くほどの「生きる力」に溢れた作品です。「生きている限り生きぬきたい」「戦争はけっしてやってはならない」これが新藤兼人99歳が今3.11を経験した日本人に伝えているメッセージです。
 「ひとが『問い』を発するとき、答えはすでにその『ひとの内』にある」、正確には「ひとの内」ではなく、「『答え』はすでに『問い』の中にある」といったほうがいいのでしょう。
 戦争の悲惨さ、戦争によって引き起こされる不条理がテーマの映画ですが、一隻の戦艦も一機の飛行機も、戦車も一度の戦闘場面も描くことなく、戦争を引き起こした軍部や政治の上層部も登場しません。戦争責任を問うのではなく、戦争そのものが持つ悲惨さ、不条理を描くことで「けっして戦争をしてはならないと」と訴えています。
 100名の召集兵の中からクジ運よく生き残った6名の中の一人という新藤兼人自身の実体験からの叫びでもあります。近年日本人の多くが、人間の本質を問う、重いテーマを避ける風潮があるように見受けます。この映画もとても重いテーマですが、決して暗いテーマではありません。映画のラストシーンの「一粒の麦死なずば・・・・・・」、黄金色の麦秋が「生きているかぎり生き抜きたい」と楽ではないが、力強い未来を見つめています。

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2011/11/06

紅葉と富士の大菩薩・小金沢連嶺を歩く(2)大菩薩峠から天目山温泉へ

  <真夜中の富士>
20111030dsc014973b 大菩薩峠に立つ介山荘は、部屋も綺麗、もてなしも超一流なので、山小屋を初体験の二人の女性にはよかったと思います。これが普通と思われるとそれも困るのですが。
 星を眺めようと、午前2時三脚を持ってそっと部屋を抜け出して、親知らずの頭で腰を下ろしました。周辺の山々はうっすらと雲がかかっていて星空は頭上にありカメラに収めることは断念しました。                                                                <真夜中の富士>
                         20111030dsc014993b

うっすらと雲海に浮かぶ富士を撮ってみようと三脚を据え、待つこと15分どうにか月齢3日で月明かりのない夜微かな光の中に富士を捕らえることができました。

<塩山の夜景>
20111030dsc01500b  RAW画像なのでかすかな光を現像でかろうじて表現することができました。若いころ白黒写真の現像から引き伸ばしを自分の暗室でやったこともありましたが、カラー写真の時代になり、諦めていました。デジタルの時代になり、当時の苦労を知るものには、いとも簡単にできることの不思議と有り難さを味わっています。
 以前の塩山市、今では合併して甲州市というのだそうですが、山裾に広がる夜景もまた綺麗です。

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2011/11/04

紅葉と富士の大菩薩・小金沢連嶺を歩く(1)丸川峠から大菩薩峠へ

      <丸川峠道の紅葉>
20111029dsc01437b2011年10月29日(土)~30日(日)と秋の大菩薩・小金沢連嶺を縦走しました。大学院の縁者男性二人、女性二人計五人、僕にとっては40年ぶりの大所帯の山歩き,老中の身、若い方々が一緒に歩いてくれるとはありがたいことです。
 

      <黄葉>
                     20111029dsc014402b

標高1,500㍍付近は秋もたけなわ紅葉、黄葉が見事です。紅葉を楽しみながらいつも思うのは、”個性とは”です。木々の葉の色も緑から赤まで色とりどりですが、一枝にしがみついた葉をみても濃淡があり、いつ虫に喰われたのだろう、その傷口も大きいものから小さいものまで様々な形をしています。

       <黄葉>
20111029dsc01444b山靴の下では早々と散ってしまった落ち葉がカサコソと音を立てています。
 春の芽吹きから今日まで、風雨に晒され、虫にかじられ、よくここまで耐えてきたものです。春から初夏の若葉は一斉に目立たないように大きくなっていきます。

                                  <丸川峠のすすき>
                             20111029dsc014531b_3

早く大きくなって硬くなったほうが虫に食べられる機会が少ないからです。
 近年若い方々の間には「自分探し」とか「個性を磨く」といったことが流行っているようですが、秋の紅葉を見るたびに、「ちょっと 違うのでは!」とつぶやいてしまいます。
 秋の紅葉と同じように人間も我々老中世代になって、風雪に洗われた個性が、個性などと意識していなくても自ずから現れてきます。これが俺の個性か?(嘆息)、削ぎ落とされて残ったものは、醜いものばかり、けっして肯定的なものではないのです。

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