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2012/01/14

映画「一命」を観て「建て前の武士道と本音の武士道と」

映画「一命」
監督「三池崇史」 主演「市川海老蔵」「役所広司」「瑛太」「満島ひかり」
原作「異聞浪人記 」滝口康彦著
 2012年1月11日縁者の奨めで映画「一命」を観ました。テーマは武士道の建て前と本音、今日本人の心の中に武士道を取り戻せという声があちこちから聞こえてきます。ここでいう日本人は、政官財学といった日本の国を導く指導者層の方々のことです。取り戻して欲しい武士道は建て前ではなく。本音の、強者としての、慈悲と恕を包み込んだ武士道であって欲しいものです。
 映画は大阪夏の陣も終わり、徳川の世が定まり、日本人の多くが、久々の平和を謳歌し始めた時代です。一方で天下分け目の戦いに破れ主家断絶、改易、お家取り潰しと敗者の側に立った武士が大量に浪々した時代でもあります。平和の時代、軍縮の時代とあっては仕官の道も閉ざされ浪々する武士の困窮は目を覆うばかりです。
  主人公津雲半四郎(市川海老蔵)は芸州広島(福島正則)の家臣、主家取り潰しで託された上役の男児と愛娘を抱え男手一つ、傘張り浪人として糊口をしのぎ子育てをし、二人を娶せ、孫もでき困窮の中にも小さな幸せが芽生えてきます。しかし身体のひ弱な愛娘の病、孫の病を治す薬を求める金子も無い。婿の千々岩求女(瑛太)は手元の貴重な書物を売り、武士の魂(建て前)の両刀を売り払って、薬代に当てる始末です。

 その頃巷では狂言切腹が流行り大名家(勝者)はその処理に難渋していました。困窮した浪人(敗者)が大名家の門前で「浪々困窮に耐えずこのままでは武士の面目も立たない、庭先を借りて切腹して果てたい」と願い出るのです。庭先を血で穢し、面倒を起こしたくない大名家はそのたびに僅かな金子を与えて追い払うのです。
 瑛太扮する千々岩求女は、愛する妻子の薬のために金子三両を得たいと勝者の代表格井伊家の門前に立ちます。井伊家の家老斎藤勘解由(役所広司)はこの悪弊を絶とうと、千々岩求女の武士の面目を立てたいというの願いを叶えると称して、切腹をさせてしまうのです。腹を切る脇差は竹光、腹を切るどころか尋常では腹の皮を刺すこともできません。ひ弱な姿の瑛太、武より文を好む千々岩求女の苦悶の姿が痛々しいく、スクリーンを観ながら感情移入してしまい、一向に介錯しないまま苦悶を嘲笑う勝ち誇った顔の沢潟彦九郎(青木崇高)が憎々しくなります。(役者はつらいものですね)見かねた斎藤勘解由は太刀を振り上げ介錯をしました。
 婿の死の顛末を知った津雲半四郎は婿の武士の面目を取り戻すべく井伊家を訪れ切腹を願い出ます。映画ではここに重要な伏線があります。愛娘と孫の重篤な病に平常心を失った津雲半四郎は、婿に金子を工面して来いと迫ってしまったのです。困窮に困窮を重ね、武士の面目の腰の物まで売り払った婿の求女が金子を求める手段は、狂言切腹しか残されていなかったのです。婿に勝者におもねり、狂言切腹で金子を得るという行為で武士の面目の残滓まで捨てさせ、あまつさえ目的も達することなく命まで奪ってしまったのは、他の誰でもない津雲半四郎自身だったのです。その己は未だ腰に両刀を差したまま、建て前の武士の面目さえ捨てることができないでいたのです。ここにも親鸞のいう衆生(弱者)の悪が見えます。己の気づかないところで犯している悪です。
 井伊家を訪ね、家老斎藤勘解由と家臣の武士団と対峙する津雲半四郎の語りも凄味があります。津雲半四郎の切腹に立ち会うはずの沢潟彦九郎はじめ三人は、井伊家を訪れる前に津雲半四郎の手で武士の面目の髷を切り落されていました。津雲半四郎はその髷を懐に持参していました。「もしかしたら立場が変わっていたかもしれないと、相手の立場に立つ武士の情けは起きなかったのか?」と叫び、求女の竹光の太刀で家臣団と闘い鬼気迫る大太刀回り、屋敷の奥に鎮座している井伊家の象徴赤備えの鎧兜も散り散りに吹き飛んでしまいます。髷を切られても切腹もしない家臣、束になっても竹光の一人も倒せない家臣達と井伊家の建て前の武士の面目は、象徴の鎧兜とともに粉々になってしまいます。
 武士道を貫く津雲半四郎の本音は、あくまでも己は婿の無念(己の罪)を帯した竹光での闘いに現れています。建て前の武士道を粉砕し、竹光を捨て両手を上げる津雲半四郎を家臣団が切り刻み、沢潟彦九郎達三名を切腹させ一件落着。何事もなかったかのごとく、元通りに復元された鎧兜に目をやる井伊家当主と家老の眼差しに、建て前の武士道を淡々と貫く勝ち組の姿を見ました。
 「唯生きて、唯春の来るのを見たかっただけだ」と語る弱者の心の叫び、本音の武士道を貫く以外に埋めることのできない己の罪の悲しみ、敗者で終わりたくない弱者の本音の武士道がそこにありました。
 原作「異聞浪人記」で滝口康彦が、サンデー毎日大衆文芸賞を受賞した1958年、「切腹」として映画化された1962年頃は太平洋戦争敗戦の廃墟から復興の足音が確かに聞こえていました。僕自身が中学生として過ごした当時の日本、我々庶民の暮らしは格差社会そのものでした。半世紀を経て再び「一命」として映画化される今、若者の失業、派遣労働、契約社員制による低賃金化の進行、熟年層のリストラ等々格差社会の訪れが再び確かなものとして聞こえてきます。著者滝口康彦の提起した問題が再び問われています。
  政官財学、今日本を統べる指導者階層が勝ち組に堕することなく、強者として慈悲の心恕の心を持った本音の武士道を貫いて欲しいと願い、老中を生きる己自身も相田みつをの「懦夫凜々」を通していきたいと想いつつ映画館を後にしました。
 市川海老蔵の凄味の眼力、演技は鬼気迫る凄まじいものでした。六本木の立ち回りもさぞ凄味のあるものだったのでしょう。しかしそれも役者の狂気、役者は役者の演技で評価したいものです。そして未曾有の危機の今の日本、政治家は政治家の本分を、官僚は官僚の本分を、学者は学者の本分を、そして経済界の経営者は経営者の本分を全うするよう「一命」を賭して欲しい、そしてその指導者の本分が「経世済民」であって欲しいと願いつつ。

 
 

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