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2012/03/29

山本幸司著「人はなぜ騙すのか」-岩波書店-

書名  「人はなぜ騙すのか」
著者  山本幸司
出版社 岩波書店
2012年3月25日の日経新聞の紹介記事に魅せられて早速書店へ。黒い腰巻には「狡知という”知”のあり方とその意味を探る歴史の旅」とあります。
 子供の頃母親からしばしば叱られたことを思い出します。「お前の嘘は『頭隠して尻かくさず』だ!」「すぐにバレるような嘘はつくな!」「馬鹿者」と。ということはバレない嘘をつけばいいのか?」と子供心に思ったものでした。
 長じて己の子育てには「人を騙してはいけないぞ。しかし騙す力を持たないと騙されてしまうぞ!」常々「騙す力を持って騙さない!」と話してきました。生きるためには、騙しも嘘もあるのが生きものの世界です。正直だけでは、騙されるばかり。地上はいつも末法の世界です。
 福島原発事故処理に見る東電経営者の嘘、原子力村の学者達のつく嘘も美事なものです。そしてAIJの厚生年金詐欺事件も騙しの一つ。旧社保庁から年金基金へ天下った理事とAIJ之社長との騙す側と騙される側がグルになって演じる茶番劇はまさに「頭隠して尻隠さず」といったところです。今朝の日経新聞一面にはその背景に「厚年基金に721人の天下り-運用担当の9割、未経験」とあります。
そして奪われたのは国民ではなく中小企業の労使が僅かな稼ぎから積み立てたお金とそこで働く労働者の未来の年金です。
 同じ一面では「民主党の社会保障を守るための消費税増税案の決定」が載っています。

国民の眼前で繰り広げられる、頭を議事堂に突っ込んで、汚い尻を振る、お粗末な「騙り」に辟易します。今頃世の母親たちも冥土でさぞかし嘆いていることでしょうね。「世も末だ!」と。
 著者は明治期以後の「正直教育」が”狡知という知”の衰えを招き、騙す手口もまた稚拙になったと書いています。本来戦いに明け暮れる武士にとって機略、戦略とは敵との騙し合い、功名争いでは味方同士も騙し合っていたと。そういえば世界中の神話を紐解いても日本の神話ほど「騙す」場面の多い神話は少ないと聞いたことがあります。
  「新渡戸稲造によって定式化されたような武士道に対する理念化のせいで、我々の中に武士というのは正々堂々と戦うものだという先入観が植え付けられてしまっている-P39」
 ”やまと魂”も今我々が想像する「潔さ」「矜持」「花は桜木ひとは武士」といったイメージは江戸中期以降に作られたものだと。新渡戸稲造の「武士道」もこの正直教育に大いに貢献しているようです。
 「やまと魂」も遡ると平安期には中国から取り入れる様々な文化、統治システムを漢才と云い。融通無碍に柔軟に換骨奪胎して取り入れる”こころ”を「やまとごころ」と言ったとあります。 漢字を取り入れながら平仮名、カタカナをつくり表音、表意ごちゃまぜな独特の国語をつくってきたのも「やまとごころ」といえますね。明治期以前の「和魂漢才」の「和魂」は武士道の「大和魂」ではなく「やまとごころ」にあったのでしょう。
 
 明治期の近代化(西欧化)で「やまとごころ」を「大和魂」と騙り「和魂洋才」の「和魂」へと進化し、その行く末が今日の日本を統べるリーダーの方々の今の姿とは。
 
 「騙す」はこの地球上に生きる、生命に備わった生きるための護身術でもあります。生きものに備わった擬態、今は見られなくなりましたが犬が電柱に小便をかけて縄張りを主張したのも、戦国時代の政略結婚も、男女の恋愛もつまるところ「騙し合い」です。若い方の非婚化も正直教育で日本人に「狡知」という護身術が退化してしまった結果なのかもしれません。
 中国には厚黒学という学問?があるそうです。「”面の皮を厚く””腹黒く”生きろ」という教えだそうです。孔子の皮をかぶった厚黒」とか。今の日本を統べる方々の姿は「孔子の皮も脱ぎ捨てた真の厚黒」なのかもしれません。せめて「法衣」くらい纏って欲しいと思うのは、一人カラオケで「死ぬまで騙して欲しかった」と怨歌に涙する庶民の儚い想いなのかもしれません。
 是非アマゾンといわず、リアルの書店の店頭で手に取ってみてください。 
 

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