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2012/09/12

映画「あなたへ」を観て-粋な別れ-

2012年9月10日映画「あなたへ」を観にいった。いつものとおり家内と二人、そして無言のまま映画館を出た。長年連れ添った夫婦だからといって、必ずしもすべてをあからさまにわかりあえることはない。慮ってわかりあって、納得すればいい、お互いを信じるとはそういうことではないかと映画は語っているように思えた。
 人間は己れの死を知ることはできない、他者のみが知る己れの死。田中裕子扮する妻洋子は、高倉健扮する夫英二に、二枚の絵手紙を残す、己れが英二と共に生きた証として。
 一枚目は「故郷の海に散骨して欲しい」と己の最後の願いを込めて、二枚目は十日後に洋子の故郷平戸島の郵便局で受け取る一枚です。この十日間という時間、二枚の絵手紙の一枚目と二枚目その間に込められたメッセージは、映画を観たひと、一人ひとりが生きてきた道々に、残してきた足跡の数だけ語られているように思えます。
 キャンピングカ-で富山から平戸島へ走る道すがら出遇うビートたけし、佐藤浩市、草彅剛たちの様々な人生模様にそのメッセージが映し込まれています。曰く「人生って何なんだ!」

残された絵手紙に釈然としない自分がいる。「夫婦ってなんだったんだ!」と。寡黙な語らない主人公英二の背中が呟いている。平戸島に着いても答えの見つからない英二、局留めの二枚目の絵手紙の一言「さようなら」を受け取って、ますます分からなくなってしまう。
 「何のために俺はここまで来たんだ?」答えを求めて妻洋子が育った漁村の路地を彷徨ううちに、廃屋の写真館のショーウインドウに学芸会の舞台だろうか、マイクを前に歌う少女洋子を見つけた。おもわず「ありがとう」と呟く。きっと答えが見つかったのだろう。
 この「ありがとう」は、妻洋子からの声でもあったのではないだろうか。向こうから聞こえてきた「ありがとう」に、英二が唱和したのではないかと僕には思えた。そう思わせる高倉健のつぶやきに、一瞬和している自分、高倉建の演技に唯々没入している自分がいる。
 「ありがとう」から英二の表情は明るくなる、答えを見つけたのだ。二枚の絵手紙は青空の中へ飛んでいく、洋子の描いた絵の中のかもめが咥えていったのだろう。主人公英二はまだ「己れを生きる」途次にいる、二枚の絵手紙の間で、十日の間で、妻洋子はそれを伝えたかったのではないだろうか。「ありがとう」「さようなら」と。
 人生とは「人が生きる」ではなく「人を生きる」ということなのだ。一人ひとり、たった一人の人、「己れを生きる」。
 
 
 

<己れを生きる>
お金は大切だけど、それが人生のすべてではない。
学問も大切だけど、
学歴も大切だけど、
仕事も大切だけど、
結婚も大切だけど、
家庭も大切だけど、
友達も大切だけど、
生きることも、死ぬことも大切だけど、それも人生のすべてではない。
一つ一つの中に苦もあり楽もある。
ぜんぶ引っ括めて人生なんだ、己れを生きることなんだ。

余談ですが、民主党政権の発足直後、政府は臓器移植を普及するために、「脳死を人の死」とする法律を作ってしまった。政治家の多くが賛成票を投じて。
 己れの知ることのできない己れの死、周囲の縁者の中に生きている己れ、己を知る周囲の縁者が、認めるとき他者の心のなかで、己の死が確定する。法律で決めることはできないし、してはいけないことだと思う。
 映画の中の英二も十日間流離う時間のなかで、妻洋子の死を己れの心のうちに確認したのではないだろうか。

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コメント

kannda rie さん
コメントありがとうございます。
>職業ではなく人として何ができるのかが大切だと
 仰るとおりですね。「己れ」として「何ができるか」その踏み跡が高村光太郎の「道程」「僕の後ろに道はできる」になるのでしょうね。NHKドキュメント「高倉健」に、「信念を貫く」とありましたが、そうではなくて貫いたもの、その踏み跡が「信念」なのでしょう。迷いながら一歩一歩ですね。
 今の日本の高齢者の扱いは、老人を幼児扱いしたり、「「ボケ」「ぼけ」と本来あるべき人としての扱いをしていないように見えます。ひとの一生にも春夏秋冬があり、冬と春は同じものではありませんが、冬は春の新生への準備です。冬の季節も大事な人生のひと時と認識したいものです。
>人(高齢者)が、どう人生の終わりを迎えられるか
 仰るとおりですね。そのために「あの世がある」「冥土がある」と想像するのも一考だと思っています。実在するものだけを真実とするのではなく、意識の世界にあると思えれば未来も安心できると思うのです。行ってみなければわからないと。曖昧に。

投稿: 懐中電灯→kannda rie さんへ | 2012/09/14 11:07

今、Tvで映画あなたへのプロフェッショナル「仕事の流儀」を拝見させていただいてます。私は、福祉関係の仕事をさせて貰っています。正直 映画の内容はよくわかりませんでしたが、高倉さんが、映画という画面から、俳優という職業に対しての考え方・思いを俳優だという今までの画面を通じてとは違い、プロとしての考え方生き方に共感致しました。私は、ケアマネジャーとして、高齢者の介護プランを立てる中、いつも自問自答しながらケアマネとしての意見・考え方を提案していましたが、やはり職業ではなく人として何ができるのかが大切だと思います。今の日本にない、考える・想像する・行動に起こす・反省する当たり前のことができない中、今私を必要としてくれている人(高齢者)が、どう人生の終わりを迎えられるか一緒に考えていきたいと思います。ありがとうございました。

投稿: kannda rie | 2012/09/14 01:05

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