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2012/10/07

涸沢から奥穂高・前穂高岳を歩く(1)明神池から屏風のコルへ

      <朝霧の明神池>
20121004dsc03029b2012年10月4日5:30分上高地に着く。一年の内この週だけは涸沢に入るまいと心に決めていた禁を破ってしまった。
 この週の涸沢ヒュッテは、敷き布団3枚に9人の宿泊を覚悟しなければならないのだから。

  <水面に明神岳を映す>
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まずはいつもの習慣で明神池に立ち寄る。朝もやの明神池、つがいの水鳥もまだ眠りから覚めないのか、動きが鈍い。鏡のような水面には明神岳を映している。
 
 

       <小説氷壁のモデル>
20121004dsc03055b_2徳沢で吊り橋の新村橋を渡って梓川の右岸に出て、奥又白谷へ入ると、そこは井上靖の小説氷壁の舞台だ。
 厳冬の前穂高東壁、ザイルを結んだ二人下山中に切れないはずのザイルが切れた。麻のザイルからナイロンザイルに移り始めた初期のザイル切断事件がモデルだ。

                               <屏風のコル>
                   
20121004dsc03069b_2
 初めて映画化されたファーストシーンが大正池に映る穂高連峰の美しい映像だった。上高地が日本有数の観光地になった一瞬だ。
 僕もこのルートで涸沢へ入るのは初めてのこと。この白いプレートに手を合せると、忘れていた小説の情景、映画のワンカットを想い出す。3時間の登りで屏風のコルに出る。ここで今日の登りは終る。ここは前穂高東壁が横尾の谷へ切れ落ちる屏風岩との鞍部、梓川の谷の黄色の色彩はこの鞍部を越えると一変する。ナナカマドの赤、涸沢の錦繍の秋、禁断の秋の世界へ入る。魅せられた人の多くがその後二度三度と惹き込まれるという。

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