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2012/10/16

涸沢から奥穂高岳・前穂高岳を歩く(4)上高地の秋

<岳沢ヒュッテから眼下に上高地>
20121006dsc03191b10月6日最終日の今日はわずか2時間の下山を残すのみ、食料の残りを整理しようと、朝食を自分で作る。といっても餅入りラーメン作るだけだが。熱いコーヒーを啜りながら見下ろすと、朝霧の漂う梓川左岸に帝国ホテルの赤い屋根が見える。

<梓川の秋>
                     
20121006dsc03202b

正面には焼岳、乗鞍岳、その左の肩に木曽御岳も頭を覗かせている。
 のんびり7:00から下りはじめる。30分も歩くと、土曜日とあって、今日を初日に登ってくる登山者とすれ違う。こちらは朝から下山、余裕の気分で道を譲りながら、「おはよう」「いってらっしゃい」と声を掛ける。今回思わず口をついて出た「いってらっしゃい」はとても登山者の心に響いたようだ。若い女性も老中とおぼしきご同輩も、みな顔を上げて笑顔で「いってきます」と返ってくる。「いってらっしゃい」には、「ご無事で帰って」、「お元気で」等々言外の言葉を含んでいるのだろう。
 

     <田代池>
20121006dsc03224bこのとき、背中に向かって「頑張って!」ではダメなのだ。すでに十分頑張っている、「今更年寄りのお前に言われるまでもない」という声が聞こえてきそうだ。
 そういえば一昔前玄関先で家内から「いってらっしゃい」と声をかけてもらったとき、こちらには、それを受け止める余裕もなく、玄関先を飛び出していたように思う。

                              <大正池池の畔>
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 下界でも利他の精神、和顔愛語が語られる、良いことには違いないのだが、その前に己にゆとりがないと。
 顔が強張ったり、眉間に縦ジワがあったり、声に翳りがあったりでは伝わらないのではないだろうか?
 
  今朝「いってきます」の笑顔をもらってあらためて、まずは己が日々心身ともに腹八分で生きていて、自ずから2分の余裕から滲み出るものではないかと思い直した。

       <一つがい>
20121006dsc03229b「頑張る」は過去形に限る。自分に対しても、「よく頑張ったね」他人にも「よく頑張りましたね」が似合うように思う。明日に向かっては「腹八分」で行こうよ。
 上高地に降りるとそこはもう観光地、老若男女、軽装で秋を楽しんでいる。
 澄明な梓川の水面は周囲の草木の秋と川底の秋を調和して映し出している。

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