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2012/11/28

晩秋の高野山を訪ねて(3)追記-企業墓地の未来は?-

 強く印象づけられたものを書き残してしまいました。企業名の墓のことです。高野山には昔の大名家の墓、天皇陵といったものがありますが、多くは歴史を経て眠っていますし、個々の家系のものと思えば不思議にも思いません。ところが、ここには現存する名だたる、株式会社を冠とした企業の名がついた墓が沢山現存しています。
 そういえば、四十数年前いまだ、宮仕えの頃、企業が自社の社員の墓と称して高野山に墓地をつくる話が経営の美談としてマスコミの経営欄を賑わした時代がありました。自分では周囲の上司や課員の顔を想いながら、死んだ後もこの人達と一緒に過ごすのか?と首を傾げたことを思いだしました。封建社会の大名家は下級武士どころか家老職の家柄だって高野山の大名家の墓に眠っているわけではありません。下級武士も夫々家を継承している自立した存在だったからです。企業の墓は一平社員でも定年まで勤め上げれば、この土に一緒に眠る、なんと素晴らしいことか。企業墓地は終身雇用制を象徴する仕掛け、仏像と同じ方便の仕掛けだったのでしょう。

 ところが今、名だたる大企業の多くが欧米国籍、アジア国籍の資本の傘下に入りはじめています。これからさらにその傾向は強まっていくのでしょう。企業墓地を作っているこれらの企業群が海外資本の傘下に組み込まれていったとき、この墓石群も苔むして広大な空海の宇宙に抱かれたまま眠るのでしょうか。
 宿坊のお風呂で欧米系と思しき宿泊者と一緒になりました。いつか中国、アジアの観光客が聖地として訪れて、己れの傘下にある企業名を発見してなにを思うのだろうか、又日本人の次次代の若者が、発見したとき、何を思うのか、宿坊でのまどろみの中で、猿の惑星の連作を想起しました。こんな妄想も広大無辺の空海の宇宙に包まれると些細なことなのかもしれません.。空海自身も唐の長安で、恵果阿闍梨から密教の奥義を学び、日本に帰ってこの地を開いたのですから。
 当時美談と讃えた、日本の多くの経営者も経済学者も経営評論家も気づかなかったのでしょうが、潜在的に株式会社の仕組みそのもの、株式会社は”有限責任”という仕組みそのものに、遺伝子的に組み込まれていたものなのでしょう。
 実は株式会社(株式上場している)の経営者にとって、有限責任とは、未来に対して、というより企業の倒産という「死」にたいして、責任を取らなくていい、「『無』責任」ということなのです。
 元々責任とは「今ここ」にあるのであって、未来の「今ここ」にあるのではないのですから、有限責任も無限責任も「今ここ」にしかないのでしょう。つまるところ経営者といえども個人としては、未来に起こることの責任を「今ここ」で取ることはできません。「権限と責任」は分かち難く「今ここ」に存在します。だから「一生懸命」でも「一緒懸命」でもなく、「今ここに命を懸ける」「一所懸命」なのでしょう。

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コメント

中山広雄さん
お久しぶりです。先年釧路の浅野さんの招きで、別海町で研修に出向いた折に、会いたいと思いながらも時期が来ればきっと会えると待っていました。
 熊野紀行拝見しました。名文紀行素晴らしいです。僕も梅原猛のフアンなので、熊野古道も一度は歩いてみたいと思っています。
 でですが、世捨て人はいけませんね。来年暖かくなったら一度会いましょう。帯広の皆さんにも会いたいですから。メールアドレスを教えてください。

投稿: 懐中電灯→中山広雄さん | 2012/12/28 13:12

明賀先生こんにちは。
わたしは帯広で先生に大変お世話になりました
中山広雄と申します。
5年前に会社を退き、先生には失礼したまま、
時だけが過ぎて行きました。
それでも「お気に入り」から
「ともだちの友達」ブログを時折拝見させて頂き、
励みにさせて頂いておりました。

ーー身辺のゴタゴタも最近ようやく片付き、
久しぶりで先生のブログを拝見し、
自分も何年か前訪ねた「高野山」の話で、
急に懐かしくなり、
勝手なコメントを書いています。

その間、先生の登山にはかないませんが、
わたしも京都・奈良・飛鳥・高野山
そして熊野三山とひとり彷徨っておりました。
高野山は先生の旅と同じような季節で、
朝宿坊を出ると、気温は0度で、
そのうちに体が冷えてしまって、
どう仕様も無く、ようやく開いた喫茶店に避難して、
ようやく助かったのです。
そして身体を温めて、
大門から弁天岳の女人道を歩き
山から高野山を見ました・・・。
帰ってまた、五来重の「高野聖」「熊野詣」を読み、
さらに感動し、そして次に「熊野古道」へ足を伸ばしました。
・・・その時の、「ヨタ話」を、
一方的ではありますが身勝手な近況報告として、
先生にも見ていただきたくなって、
勝手なコメントをした次第です。

それでは、よいお年を。
Merry Christmas

中山 広雄 拝 

投稿: 中山 広雄 | 2012/12/22 20:26

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