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2012/11/23

晩秋の高野山を訪ねて(1)善男善女の祈り

  <水向け地蔵・善男善女の祈り>
20121118dsc03313b2012年11月18日晩秋の高野山を訪ねました。奈良での仕事を終えての道草のひと時です。初めての高野山、全長2㎞の奥の院参道は、杉の巨木の森に囲まれています。奥の院を歩く頃は昼間で曇とあってあまり聖地という趣も感じなかったのです。その時は。

 

                                            
                                 <散り残って輝く紅葉>
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 奥の院の奥、空海の御廟へ入る手前に結界の小さい川が流れています。川岸に地蔵菩薩が並んでいて、水向地蔵というのだそうです。大勢の参詣人が並んで順番に一体一体丁寧に水を掛け、手を合わせて祈っています。神社仏閣を訪ねる度に日本人は信仰心が無いというのは、誤解だと思う場面です。
その善男善女の頭の上に晩秋のモミジが輝いていました。

   <清浄心院の小道>
20121118dsc03318b落ち葉を掃き清めた石畳、白壁に木々の影が落ちています。心清められる小道です。ブログを書きながら、”清浄心院”をググって見ると「管理職ユニオンストライキ」がユーチューブに出てきました。仏教の聖地も現世では外面だけ、内面は揉めています。もっとも訪れる僕も仏教徒を自認してはいるものの、自分自身も自分のことを頭から信じることはできませんし、今の仏教界にも多くを期待をしているわけでもないので、現世とはそんなもの驚くほどのことではありません。 

     <金剛峯寺蟠龍庭>
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 高野山の中心の寺、金剛峯寺の蟠龍庭は見応えのある石庭です。面積は写真の5倍はあるでしょう。四国から取り寄せた大石の雌雄一対の龍が京都産の白砂の雲海の上を泰然と泳いでいるのだそうです。日本最大の石庭とか。
 高野山全体は土産物屋も少なく、観光地のどこでも見かける土産物も少なく、想像していたほど観光地化していなくて、ゆったりできるところです。
 土産物屋の若い主人に聞くとすべて借地で自由にならないのだそうです。それが観光地化をかろうじて防いでいるのでしょうが、街の商店街同様にシャッターを下ろした空き家も多くなっています。取り壊すにも費用がかかるので地代を払って放置しているとか。
 山域に散在するお寺が宿坊を開いているのでその範囲に留めておいたほうが聖地としては長持ちするのでしょう。40万基といわれる五輪の塔も似たようなものなのかも知れません。
 15:00早々に家内がインターネット予約をした宿坊、不動院へ入ってひと時の昼寝を楽しみました。温泉でないのは残念。うたた寝の中で奥の院の墓石群を思い出すとじわじわとその歴史の重みが迫ってきます。歴史の重みは緑濃い苔の厚み、巨木の太さとその数、そして40万基以上あるという墓石群に宿っています。
 不動明王を本尊とする不動院、ライトアップした庭を眺め、襖絵を眺めながらの精進料理は、味も雰囲気も落ち着きのあるものでした。宿泊客は8組み13名、旅館では味わえない静寂があります。

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