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2012/11/11

映画「ユングとフロイト-その危険なメソッドー」を観て

映画「ユングとフロイトーその危険なメソッドー」
監督 デヴィット・クローネンバーグ監督
http://www.dangerousmethod-movie.com/intro.html
師弟にはじまるも後にたもとを分かつ、二人の男C・G・ユングとS・フロイト、そして患者にして、後に愛人そして二人の師弟を結びつけ二人の深層心理学研究の深化に多大な影響を与えた若きロシア系ユダヤ人女性ザビーナ・シュピールライン、三人の心の葛藤を描いた物語です。彼女も臨床心理医C・G・ユングとの愛を通して病を癒し、児童心理学者として業績を残しています。史実に忠実に描いた映画というのですから、観客の眼をスクリーンニ釘付けにし、心をも、鷲掴みにしてしまう映画です。少なりともユングやフロイトの思想に触れたひとには見逃せない映画です。
 日本のユング深層心理学研究の泰斗であり、臨床心理医としての実践を通して大きな業績を残した河合隼雄は、多くの著書を通してユングを語ってきました。僕も河合隼雄の著書を通してユング深層心理学に触れた一人です。

 映画の冒頭で若き深層心理医の前に現れた知性に溢れ美貌の患者ザービーナ・シュピールライン、「清らかな遊び」という名前がなにかを暗示しています。美貌の顔が心の病の顕れで歪んで醜く見えますが、病が治癒するにつれて、本来の美貌が現れてくる女優キーラ・ナイトレイの迫真に迫る演技も観るものを圧倒します。映画を観た後にトイレに駆け込み思わず鏡に映る己れの顔をまじまじと見つめてしまいました。無意識の何かが刻まれているのです。この己れの顔にも。
 己れの意識と無意識との間を彷徨う知性溢れる、美しい患者と、現実の世界へ踏み出してはいけない、若き臨床心理医との間の踏み越えてはいけない境界。しかしその境界を超させてしまうリビドーとタナトスの葛藤のその先に、人間として一段と高い新しい世界が開かれていました。
 ユングが心の葛藤を、性的な解釈から抜け切れないフロイトと、袂を分かつことになる分岐点が曼荼羅、「無」、「空」といった東洋思想、老子や仏教思想との出会いにあるという伏線も映画の中のユングとフロイトの字幕スーパーのやり取りに興味を唆られるものがものがあります。
 西欧の思想の行き詰まり、その現れが今の世界の閉塞感です。日本の今の閉塞感も明治期以後の西欧化の行き詰まりという意味で、世界の行き詰まりと根っこは同じです。日本の仏教界も癒せない今の日本人のこころの荒廃、東洋の仏教との融合の中に生まれたユングの深層心理学の中に突破口の一つがあるのかもしれません。
 多くの企業でも神経症に悩む社員が激増しています。その対策にかける費用も無視できないものになっていると聞いています。そのためにカウンセラーという職業人も激増しています。中には、素人の僕から見ても、大丈夫なのか?と危ぶむ方も見かけます。この映画のサブタイトルは「危ないメソッド」「危ない関係」です。企業人はもとより、カウンセラーを名刺に掲げるこの道のプロの職業人にもお奨めの映画です。
書   名  「ユング心理学と仏教」
著  者 河合隼雄
出版社 岩波現代文庫
 

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