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2013/03/24

”風評被害”という四字熟語の意味するもの

マスコミが風評被害という四字熟語を流布しています。僕の住む栃木県の農産物も放射能に汚染されていなくても、その四字熟語に汚染されています。福島県の農家、畜産家はもちろんその汚染は茨城県、千葉県にも及んでいます。
 マスコミの取り上げ方も風評被害に立ち向かう農業関係者を美談として取り上げています。農業関係者が被害者だからなのでしょうか。マスコミが取り上げることで、被害が軽減されるからなのでしょうか。風評に惑わされて買わない生活者が無知蒙昧の加害者のようにも映ってしまいます。
 家内の実家が農家ですから、毎年実りの秋には新米が届き、それを縁者にも分け、豊穣の喜びを分かち合うこともできました。春になれば、苺の美味しい季節、関西に住む孫娘に、摘みたてを送ってその喜ぶ顔を想像して、それを喜びとすることもできました。3.11から二年、豊穣の喜びを分かち合うことも、苺を頬張る孫の笑顔を想像することもできなくなりました。我々老夫婦も細やかではありますが、風評の被害者なのです。又、三県の農家の人々に申し訳ないと、後ろめたさを覚えながらも、三県の名のついた農産物を避けて買う虚しい努力をする生活者も被害者ではないのでしょうか。

マスコミの風評被害の取り上げ方の文脈からは、被害者は農民、加害者は風評に惑わされ、無知蒙昧な生活者のように映るのは僕の被害妄想なのでしょうか。日本人を生産者である農家と、消費する都会の消費者、生産と消費とに分断して問題の本質をすり替えているように思えてならないのです。意識してのことか無意識下のことかはわからないのですが。
 三県の農産物は、風評ではなく、福島原発事故に起因する目に見えない未来の恐怖に汚染されているのですから、生産者である農家も都会の消費者も、共々原発事故の被害者であって被害者と加害者の関係ではなと思うのです。
 今のマスコミの取り上げ方は、風評被害といって、生産と消費とに分断して取り上げますが、人間は元来消費者ではなく生活者です。消費は一瞬の過去ですが、生活という視点に立てば、そこには当然のことながら、未来という視点が入ってくることになります。子や孫の未来の生活をも視野に入れた食材選びがあって当然です。
 三県の農家の人々も都会の生活者もマスコミに分断されることなく、ともに原発事故の被害に遭っているという共通認識が必要に思うのです。電力会社、政府に猛省を促すために、なによりも原発事故を風化させないために。 

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