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2013/09/21

映画「許されざる者」を観て

映画「許されざる者」を観にいった。記憶に残る、クリント・イーストウッド監督の名作「許されざる者」の日本版だ。名作だけに簡単になぞるわけにはいかないだろうに。と思いつつ映画館に入る。毎々チケットと同時にパンフレットを買うことにしている。家内からはいつも「どうせ読まないのに」と笑われるが、老中になるとシルバー割引とかで二人で2,000円、小さな町の映画館の中、観客はいつも数えたら両手が余る、いつも上映してくれていてありがとうだ。だから感謝を込めて毎々パンフレットを買ってささやかだが、客単価アップを応援する。

 今日はちょっと違った、家に戻って早々にパンフレットを開いた。映画館に入る時の疑問が解けた。李相日監督が作りたいと想い、渡辺謙が主役になり、クリント・イーストウッドが快諾し、タイムワーナーだから実現したのだ。この糸の一箇所でも切れたら、出来上がらなかった作品だと思う。
 李相日監督だからか日米の違いか、イーストウッド作とはまた微妙に人間の陰影が違って深い。舞台が明治初期の日本の辺境北海道に生きる人々に設定されているからだろうか。イーストウッド作を観ていなければ、そのまま日本映画だし、李相日の映画そのものだ。
 物語の始まりは、地理的にも日本の辺境、その最果ての地に境遇的にも辺境に”死んだふりをして”生きる女、若い女郎の何気ない一言。何気ない一言だが蔑まれた境涯に生きる弱者が貧しい開拓民の客に対して放った微かな蔑みの言葉が、覆い隠している人間の狂気、悪業の連鎖を呼びさます。
 女郎なつめ(忽那汐里)は、自分の放った一言に怒り狂った客、堀田佐之助(小沢征悦)に売り物の顔をメッタ斬りに切り裂かれてしまう。その惨状を目の当たりにして、「もう飽き飽きした、死んだふりして生きるのは!」と叫んで、その復讐に立ち上がる同じ境遇のお梶(小池栄子)。女郎仲間は乏しい中から貯めた、なけなしのお金で堀田佐之助の首に賞金をかける。その賞金を狙って開拓村に集まる追い詰められた底辺を生きる弱者、弱者同士の死闘が始まる。
 渡辺謙扮する釜田十兵衛は、幕府軍として戦い人斬り十兵衛とあだ名され、明治新政府から追われ追われて、最果ての地北海道に逃げこむ。途中でアイヌ女を強奪するが、その女のお陰で、人斬りと逃亡生活で荒んだ虚無の暗闇から抜けだすことができた。二人の子供を持ち、貧しいけれど心おだやかに荒れ地を耕して生きている。
 ところが、生き方を変えてくれた妻に先立たれた哀しみと、残された二人の愛児をこの地獄の極貧から抜け出させたいと、幼子をアイヌの長の舅に託し、錆びた刀を腰に賞金稼ぎの殺人旅に出る。
 開拓村を守る村長大石一蔵(佐藤浩市)は「勝って生き残った者が正義で、負けて死んだ者が悪になる。記録ってそんなもんだろ」と嘯き、暴力で村の治安を守り、それが正義と信じて疑わない。今の世に言う、勝ち組の典型だ。大石一蔵と人斬り十兵衛との力と力の対決も見応えがある。
 イーストウッド作は1880年代のワイオミング州、力と力は銃と銃の対決だ。日本版も時代背景は同じ明治10年代、こちらは銃はあるものの、やはり対決は刀だ。力と力の対決は刀と刀のほうが数倍凄惨を極める。
 筋書きは映画を見ていただくとして結論を急ぐごう、ラストシーン、大石一蔵を倒した十兵衛は、賞金と妻の形見を、賞金稼ぎに加わった仲間の一人、若者沢田五郎(柳楽優弥)と、ことの発端になった女郎なつめに託し許されることのない業を背負って雪の中へ消えていく。
 この二人の若者もまた許されざる者のひとりとして、十兵衛の遺児を育てていくのだろう。馬の後ろになつめを乗せ遺児のもとに向かう二人の若者の姿には、許されざる業を背負いながらも、どこか未来への明るさもみえる。イーストウッド作ではイーストウッド自らが扮する主人公ウイリアム・マーニーと幼子が貧しさから抜けだしていったと語って終わっている。人間の業の深さへの日米と違いなのだろうか。李相日とイーストウッドの違いなのだろうか。
 さて映画のタイトル「許されざる者」とは誰のことか、その許されない業とは。登場人物はみな許されざる過去を背負って辺境に生きる者だ。父親が封印したはずの刀を掘り起こし、賞金稼ぎの殺人を犯す”機縁”となった、無垢な二人の幼子もまた「許されざる者」のひとりとして生きていくのであろう。
 李相日監督は、老中を生きる観客の我々夫婦にも「お前もその一人」、「人はみな『許されざる者』として生きているのではないのか」と問いかけている。
 これが映画「悪人」にも通奏低音として流れていた李相日監督のテーマ、そして解決できない原発事故の無間地獄、無業の若者の悲惨、五輪招致成功に狂喜乱舞する日本の”今ここ”に突きつけられた、テーマなのではないだろうか。
 もしイーストウッドの作品を観ていない方は、ぜひこの李相日版を先に観て、しかる後にイーストウッド版を観ることをお奨めする。
                                      (2013年9月20日記) 

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