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2014/01/26

映画「永遠の零」を観て-関係性を生き切った先に-

小説「永遠の零」が多くの方に読まれているのは知っていました。でも著者の日頃のマスコミ等々で語る口調ににじみ出る戦争観は、僕とは異なるようで、タイトルからも零戦賛美の物語を想像し、手にすることもありませんでした。映画になってとうとう観るはめになったのです。映画はいつも僕が誘うのですが、この映画めずらしく家内が観に行こうと言いだしたのです。映画館を出るときの感想は先入観とはまったく違うものでした。山崎貴監督の視点が違ったのか、映画館を出るとき家内に問いかけました。「映画『永遠の零』は『輪廻転生』描いたのではないか?」と。
 零戦搭乗員の主人公宮部久蔵は太平洋戦争緒戦、真珠湾の青空の下を舞い、太平洋戦争のターニングポイントといわれるミッドウェイ沖海戦では空母赤城から出撃しますが、帰投するときには、すでに母艦赤城は沈没、海上に不時着して生き残ったといいます。そして暗雲立ちこめるラバウル上空の空中戦を生き抜いています。ところが彼は臆病者、卑怯者、命を惜しむ者と陰口を聞かれていました。それは搭乗員仲間の間で億面もなく、妻子の写真をポケットに「生きて帰りたい」「妻のために死にたくない」と語っていたということに原因のひとつがありました。
乳飲み子の娘清子を抱く妻松乃との最後の別れの言葉がこの物語の始まりです。「必ず生きて帰ってくる。たとえ腕が無くなっても、足が無くなっても、戻ってくる」「たとえ死んでも、それでも、ぼくは戻ってくる。生まれ変わってでも、必ず君の元に戻ってくる」と。
 宮部久蔵は臆病者、卑怯者といわれても、過酷な空中戦を終戦間際まで闘い抜いていきます。その生命力は、家族(松乃と清子)との「関係性を生きる」力です。しかしそれは多くの戦友の死を見つめ続ける辛い日々でもありました。その上数、少ない生き残りのベテラン搭乗員の太平洋戦争最後の任務は、学徒動員で狩り出された前途有為の学生を特攻兵器として教練することだったのです。己は生きながらえているのに、敗戦後の日本を再生する前途ある若者を殺すために教えるのです。鹿屋特攻基地で生きる日々は、「家族との関係性に生きる」ことは同時に、「数多の戦友の生と死の関係性に生きる」「若者を殺すという関係性に生きる」という「生と死の矛盾」に苦悩するに日々に変わっていきます。そして苦悩の末8月15日の一週間前自ら特攻を志願することになります。まさに「今ここ」の「生と死」の絶対矛盾の只中です。宮部久蔵は志願を決意する前に語っています。「彼らが死ぬことで俺は生き延びている」と。
 映画を観た方の感想にも、「なんで最後まで生きなかったんだ」「折角生き抜いたのに無駄になったではないか」と、この絶対矛盾に気づかない方も多かったようです。とりわけ若い方には首をかしげたくなる場面です。
 この映画の原作者の物語作りの巧みさは、特攻で死んだ祖父宮部久蔵の二人の孫、そう娘清子の子供が祖父の足跡を尋ねるという筋立てです。祖父の足跡を辿る旅のはじまりは元海軍少尉長谷川梅男です。ラバウルの空を共に戦った長谷川梅男はラバウルの空中戦で左腕を失い戦後を生き残ることになってしまいました。かれは宮部久蔵の孫の面前で「宮部久蔵は臆病者」と罵るのです。そして「もし腕を失わなければ、もっといい人生が待っていただろう」「わしも特攻で死にたかった。五体満足であれば必ず志願していただろう」と語ります。又「おそらく奴は志願しなかっただろう。命令でいやいやながら特攻にいかされたに違いない。」「命を投げ出して戦った者がこうして命を長らえて、あれほど命を大事にしていた男が死んだ。これが人生の皮肉でないとしたら何だ」とも語っています。姉弟が祖父の足跡を辿る旅の第一歩、姉弟には暗澹たる旅の始まりに思えました。
 長谷川梅男は宮部を臆病者と罵らなければ、戦後の己の惨めな人生の帳尻が合わなかったのです。もし戦後「左腕のお陰で命が助かった」「生きていることに感謝して戦友の分まで生きよう」と思えたら長谷川梅男も結婚した女性も子どもたちも違った人生になっていたに違いないと思うのです。
 ここにも「今ここの関係性こそ唯一実在」(西田哲学)という「関係性に生きる」輪廻転生が見え隠れしています。長谷川梅男がもし宮部久蔵は特攻を志願し、敵空母突入に成功していたと聞いたら、老いた身の、身の置きどころもなかったのではないでしょうか。流石に原作者百田尚樹も山崎貴監督もそこまで残酷ではなかったようです。
 宮部久蔵が敵空母に突入した一週間後8月15日太平洋戦争は終わったのです。もし志願しないで生き残ったら、もし命令でいかされていたら、宮部久蔵はどんな人生を歩むことになったのでしょうか。映画の始まりと終わりは低空から巧みに敵空母に突入する零戦が描かれています。僕はこの敵空母こそ「永遠の零」であり「永遠の無」ではないか、宮部久蔵は「永遠の生」に転生していったのではないかと思ったのです。
 姉弟が戦友会の名簿を頼りに祖父の足跡を辿るうちに、生き残った戦友の心の中に生きる祖父の姿を見出していきます。中には戦後の混乱期ヤクザの組長に囲われていた松乃を組長を殺して救い出し、名前も告げず消えた男、宮部久蔵をライバルとして敵視していた男もいました。そしてヒアリングの最後の一人がもう一人の祖父、母親清子の義父元海軍少尉、特攻に出撃し搭乗機の機体不良で不時着して生き残った大石慎一郎です。戦後四年の長きにわたって宮部久蔵の妻子松乃清子を探し続け、二人の前に宮部久蔵の外套を着て現れた男、それが大石慎一郎でした。
 大石慎一郎は訓練中、教官宮部久蔵と敵機との間に割り込んで身代わりになって敵機の機銃掃射から教官機を守った男でしす。そして宮部久蔵が特攻攻撃出撃の時、己の搭乗機の不調に気づき、大石慎一郎の搭乗機と交換し飛び立っていったのです。大石慎一郎のこころに己のいのちを託して。
 姉弟の心の中にも、祖父の足跡を辿る旅のなかで戦友の心に生きていた宮部久蔵のいのちが転生していったのではないでしょうか。
 余談ですが、1945年8月15日僕は一歳と八ヶ月、旧満州ハルピンの市内に母親に抱かれていました。その一週間前、宮部久蔵が敵空母に突入したまさにその日、僕の父親は召集令状、赤紙一枚で市内に妻子を残し、市内の兵営に消えていきました。母親と僕は、松乃と清子と重なって見えてきます。映画に描かれた人々は太平洋戦争に呻吟した数百万人、数千万人の人々の人生の断面の転生した姿でもあるのではないでしょうか。
 映画の後小説「永遠の零」を読みました。小説は零戦搭乗員の多様な体験を綯い交ぜに海軍上層部の官僚支配の愚かさも込めて宮部久蔵の生き様として物語にしているように思います。戦争の悲惨さが描かれていない、零戦賛美の物語と読んだ方もおられるようです。ですが、いつも申し上げているように「情報は受け手の都合、送り手の都合」すべては己の主観を超えることはできないという自戒が必要に思います。いかようにも観ることができる、読むことができる、多様性を受け入れるところに、転生があり生きる力があるのではないかと思います。それにしても小説の作者がいかなる想いでこの物語を紡いだのか興味あるところではあります。

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コメント

コメントありがとうございます。
>語り継がれるインパール作戦の生き残りです。
 凄いの一語です。「生き切る」力ですね。市川稔さんはしっかり受け継いでおられますね。
 僕の父親は日中戦争の早期に一度招集され除隊したので、赤紙は一生に一度の決まりでしたから、まさかと思ったのでしょう。「満州で一旗」今でいえばベンチャーと格好良くいうのでしょうが。自己の責任ではありますね。(笑)器用だったので、シベリアでもノルマを充分達成して、食事を仲間に分けたり、命懸けでじゃがいもを盗んんで分けたりしたそうです。それが戦後20年近く経ってその仲間に助けられることになります。
>映画学科出身の小生からみても
 そうでしたね。監督が描く「想い」などメッセージ性の強いものが好きですね。読み取るものが己の都合に過ぎません。観客の受け取るメッセージの多様性こそいい作品なのではないでしょうかね。

投稿: 懐中電灯→市川稔さん | 2014/01/28 11:06

明賀さんのあまりにむごい体験から軽々しく戦争のことは語れません。

生まれた世代によって人生はこんなに違うものかと。

私の父は陸軍二等兵として徴収され、あの最悪の作戦の一つとして語り継がれるインパール作戦の生き残りです。

ごく普通の国民が兵士として国のために戦ったのです。

私の父は戦友から「ハマちゃん」と呼ばれていたそうです。

いつも自分の女房のことを戦友に話すからです。

絶対に生きて帰ると強く思っていたのでしょう。

明賀さんの世代、お父様の世代、戦後の世代、そして次の世代。


永遠の0は作者がいろいろな世代に向けて書いたのではないでしょうか。

それにしても、映画学科出身の小生からみても明賀さんの映画に対する洞察力は素晴らしいの一語です。

投稿: 市川 稔 | 2014/01/26 21:55

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