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2015/07/08

「水とお金のアナロジー」

「水とお金のアナロジー」

5月の講座に若い学部生19名が参加してくれました。冒頭にこの講座のテーマ「ビズネス感性を磨く」手始めは「会計リテラシー」そのさらに手始めにと「お金と水のアナロジー」の話をしました。

 経済学者にして哲学のひと岩井克人さんは”人間”は生物的実体と人間的実体の二重構造になっていると喝破しています。前者は“遺伝子”によって継承されていく。後者は”言語・貨幣・法”によって形作られていくので、生物的実体の生死とはかかわりなく社会的実体として継承されていく、後者はミームの一種なのでしょう。

生物的実体としての身体は80%が水、飲んだ水は細胞、血液等々身体の隅々まで変態して身体を構成していき、また汗となって蒸発して雲になり雨となって循環しています。J・ラブロックは、地球は一つの生命体で水は全身を循環する血液であるとガイア仮説を唱えています。

 人間的実体の「お金」も米、肉、野菜と交換して、食することで骨肉へと変態していきます。ですから人間的実体の「お金」も生物的実体の身体へと変態していきます。ですから、人間が生命体として存在するためにも水とお金が必須になっているのです。その水でさえお金で買って飲んでいるのが今の日本人の生活です。

 「水」は雲になりいずれは雨となって地表に戻ってきますが、厄介なことに「お金」は、一度空に上ると天空に留まってしまって地表に戻ってくる量が少ないのです。バブルと称して集中豪雨のように戻ってきますが、それでも、地表はつねに乾燥化が進みます。乾燥化が進むと、地表に新たに紙幣を刷ってばら撒いて又天空へ上っていってしまいます。

 ただ「水」も「お金」もそれ自体は善悪無記、善でも悪でもありません。「お金」は鏡のようなもの、お金の稼ぎ方、使い方に己れの価値観が映っている、だからこの講座では「お金の扱い方」をしっかり身につけて欲しいと願っています。

 ひとがひととして、生き抜くことは、「金じゃないよ、心だよ」ではなくて「金と心」の両立、難しいけれど追求する価値のある強靭なバランス力ではないかと思っています。

 アダム・スミスも国富論に先駆けて「道徳感情論」を書いて経済の裏付けとしての倫理の重要性を説いています。現在主流の経済学は新古典派、アダム・スミスの後継者を名乗っていますが、都合の良い半分だけ継承しています。岩井克人さんは、その主流に阿ることなく、学問的に独自に「倫理」の必然性を明らかにしてくれています。

 若い皆さんに一冊文庫本をプレゼントしました。読んでくれることを期待してやみません。著者村上龍の冒頭の一節「どんな時代でも、権力・経済的強者にとっては、正直者か欲張りかの違いなどどうでもよく、単に大衆が無知でありさえすればそれでよかった。そういった傾向は実は現代でも変わっていない。」昔話、お伽話に“隠された真実”です。
 
書名「おじいさんは山へ金儲けに」-時として投資は希望を生む-

著者 村上龍・解説 山崎元

出版社 幻冬舎文庫

http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2014/09/post-a0c0.html

<参照>
書名「資本主義から市民主義へ」
著者名 岩井克人
出版社 ちくま学芸文庫
http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2014/12/post-9c3f.html

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