« 南ア白峰三山縦走(3)奈良田へ | トップページ | バック・トゥ・ザ・フューチャーに見る現在過去未来(2)永遠の遅れと循環 »

2015/10/31

バック・トゥ・ザ・フューチャーに見る現在過去未来(1)未来はいつも白紙

<図1.未来はいつも白紙>
1 1)自分の未来は自分で作る 
 ロバート・ゼメキス監督の名作映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作のパートⅡで主人公のドクとマーティがタイムマシンデロリアンでワープした未来が2015年10月21日だったことから先週はテレビ報道でも話題が広がった。僕には、パートⅢのラストのドクの言葉が今でも強烈に残っている。独身だったはずのドクが妻子を連れて過去から戻ってくる。先に戻っていたマーティは、驚いてドクを問い詰める。「過去を変えてはいけない、過去を変えると未来が変わってしまう」と言ったのではなかったか、と。
 ドクはこう応える「過去にも行ってみた、未来にも行ってみた。結局、未来はいつも白紙なんだ、自分の未来は自分で作る」と。ドクのこの一言を聞いて、監督が、三部作を通してで伝えたかったテーマはこの「自分の未来は自分で作る」の一言に凝縮されているのではないかと思った。

2)未来の果を知らんと欲せば現在の因をみよ
 経営体験の講座では、毎期毎期経営計画を作る。中小企業では、未だに多くの企業が経営計画を作っていない。計画づくりは、経営者にとっても社員にとっても、企業の未来を垣間見る唯一の機会なのだ。自分の企業の未来が見えなければ経営者も社員も、己れの未来をそこに重ねることはできない。この映画を好きだと語る若い経営者・後継者の多くも、現実の世界では自社の未来を見ようとしない。
 一方で大企業ではごく当たり前に経営計画を作成している。しかしその多くは、きわめて自己中心的な目標と目的を取り違えた経営計画になっているように思える。今、話題沸騰のVW、東芝、旭化成、三井住友建設等々、近年頻発する企業の不祥事の多くはこの「目標の目的化」に起因するのではないかと思う。
 「目標必達」の旗印を振りかざし、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と単純に叱咤激励する経営者・管理職。今に残る江戸期の名君上杉鷹山の名言の背景を慮ることも無く、ワンフレーズで語るのは寸借詐欺のようなものだ。だから社員も粉飾をする。「組織と魚は頭から腐る」とはよく言ったものだ。これも名言ではある。これも寸借詐欺と同工異曲か(苦笑)
 経営計画立案にあたって、目標の目的化に陥らないために心がけたい事柄を図にしてみた。<図1>未来・現在・過去と時の流れがある。現在の“今ここ”は過去の“今ここ”になり、未来の“今ここ”は現在の“今ここ”になる。それは映画の中でドクとマーティがデロリアンでワープした30年後の未来が“今ここ”にあることでも明らかだ。時は直線的な流れではないが、未来から過去へと一方向へ流れている。現在の“今ここ”は刹那に過去の“今ここ”になる。
 お釈迦様はそれを「因→縁→果」といった。西欧の「因果律」でもなく、日本人がしばしば口にする「因果応報」でもない。“今ここ”が「縁」「因」は原因ではなく「種子」、過去に播かれた「種子」が“今ここ”の森羅万象の関係性によって「果」となって生じる。「果」は結果の果ではなく「証し」、「因」と「縁」の「証し」だ。そして“今ここ”の「証し」はそのまま未来への「種子」となる。「“今ここ”のいのち」に種子として宿っている。それを命に宿る、宿命という。
 「因→縁→果」を丁寧にいうと「過去の因を知らんと欲せば、現在の果をみよ。未来の果を知らんと欲せば現在の因を見よ」となる。「過去の因」は「“今ここ”の縁」によって「証し」として“今ここ”にあり、「未来への種子」として“今ここ”にあるるのだ。デロリアンを発明したドクは「過去を変えてはいけない」といったのだが、お釈迦様は「二の矢を継ぐな!」といった。変えることはできないのだ、それは“今ここ”が刹那の一回生だからだ。「変える」には“今ここ”のいのち」に宿った種子を抱いて未来の「縁」に出会うのを待つ以外にない、そして縁とは森羅万象との関係性だから「変える」のではなく、「変わる」のだ。

|

« 南ア白峰三山縦走(3)奈良田へ | トップページ | バック・トゥ・ザ・フューチャーに見る現在過去未来(2)永遠の遅れと循環 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50017/62559911

この記事へのトラックバック一覧です: バック・トゥ・ザ・フューチャーに見る現在過去未来(1)未来はいつも白紙:

« 南ア白峰三山縦走(3)奈良田へ | トップページ | バック・トゥ・ザ・フューチャーに見る現在過去未来(2)永遠の遅れと循環 »