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2015/11/15

ラ・ボエシ著「自発的隷従論」 を読む

書名 「自発的隷従論」
著者 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ
出版社 ちくま学芸文庫
Photo_4  書店の店頭を逍遥するのは子供の頃縁日の夜店を歩いたような、ワクワク感があります。一冊一冊が、「何か」を問いかけているように思えるのです。今春出会った一冊の文庫、十六世紀に十代の若者が書いたという、この論文は今我々に「何を」問いかけているのだろうか。十六世紀は、ヨーロッパ人が「新大陸を発見した!」と、アメリカ大陸へ殺到した頃ですから、すでに古典といわれるジャンルに属するものです。過去、日本でも翻訳されているそうですが、単行本として出版されるのはこのちくま学芸文庫版が初めてなのだそうです。初版は二年前の秋、僕が手にしたのは今年の春、すでに5版を重ねています。この古典は21世紀を生きる日本人に「何を」問いかけているのだろうか。
 人間の本性は自由を求めている。オリに入れられたり,頸木を嵌められるなら、命がけで抵抗する。と多くの人々は思っているのではないでしょうか。生物の本性とはそいういもの、人間も生物だから同じだ、と。もちろんかくいう僕自身もそう思っていました。
 ところが著者は「そうではない」といいます。十六世紀、国民国家、民主主義といった政治体制があったわけではない。がしかし、著者ボエシの解き明かした、自らすすんで服従する性癖としての「自発的隷従」は王制、独裁制、君主制、民主制等々政治体制のいかんにかかわりなく、21世紀の今日においても存在するものだという。この本の帯には「圧政に”自ら従う”奴隷根性は今も昔も変わらない」とあります。

  自発的隷従の始りは、まず数人が権力者の信頼を得て、権力者の意にそって行動し、そのおこぼれに与る。次にはそれを見ていた者の中から自ら近づくか、誘われ共謀して残虐行為、略奪に勤しむ、いつの間にか百人、千人とピラミッド構造の権力システムができあがり、下層の人々はその権力に服従するのではなく、みずからすすんで自発的に隷従するようになる。スターリン然りヒットラー然り、そして毛沢東も。
 日中戦争、太平洋戦争と泥沼の戦争にのめり込んで400万人にのぼる死者と国土を廃墟と化した、当時の日本の国民にも、マスコミにも、そして知識人の多くにもこの「自発的隷従」はそのまま当てはまります。今日本列島を覆う”自粛””忖度”といった言葉の裏にもこの自発的隷が見え隠れしています。
 しかし著者は、自発的なものは自発的にやめればよい、といっています。「わざわざそれ(隷従)から逃れようと努めずとも、ただ逃れたいと望むだけで、逃れることができるのだ。もう隷従はしないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ。敵を突き飛ばせとか、振り落とせと言いたいのではない。ただこれ以上支えずにおけばよい。そうすればそいつがいまに、土台を奪われた巨像のごとく、みずからの重みによって崩落し、破壊するのが見られるだろう。」と著者は記しています。この一文に微かな光明も見えますが、果たして今、この自発的隷従によって広がる格差社会にラ・ボエシの光明に照らされる日はくるのでだろうか?著者は「多数者が一者に隷従する不思議」の項を立てて、P66にこう書いています。
  (自発的隷従は)「まず、五、六人の者が圧制者の信頼を得る。次にみずから彼に近づくか、彼に誘われて、共謀して残虐な行いにふけり、逸楽の場に同伴し、淫行のお膳立てをする。また略奪したお宝のおこぼれにあずかる。この六人は、主君をうまくもり立てて、一味全体のために、主君がいっそう悪者になるようにしむける。その際彼は、みずからの悪行のみならず、手下どもの悪行によっても悪者になるのだ。この六人は、みずからのもとで甘い汁をすう六百人を従え、自分たちと圧制者との関係と同じような関係を、彼らとの間に築く。そして六百人は、六千人を登用し、所領の統治や租税の管理に当たらせる。こうして六千人を欲深な残酷なままに任せ、必要とあればそのような資質を発揮させ、さらなる悪事を行わせるのだ。もっともこの六千人は、その悪行の際にも、上司の庇護のもとでしか生きながらえることができず、上司の命による以外は、法や罰を逃れることができないのだが。」 「この六千人のあとに従う者たちの数は多い。この糸をずっとたどってみれば、圧制者とこのような絆によって結ばれている者の数は、六千でも一万でもなく、何百万にのぼることがわかるだろう。ホメロスの描くユピテルは、鎖を引っ張れば、みずからのもとにすべての神々を引き寄せることができると豪語したが、ちょうどそのように、圧制者はこのつながりを利用しているのである」と。
 21世紀、人々が自発的に隷従するその圧制者は、お金という浮遊霊なのかもしれません。とすれば、ラ・ボエシの微かな光明を確かなものにするのは、一人ひとりの個々人の心の有り様に委ねられているのではないでしょうか。心の虚無に取り憑く浮遊霊からの自由。

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