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2015/12/27

今こそ「歴史観」を鍛える好機(1)書名「世界史の誕生」著者岡田英弘を読む

Img_0077_4書  名 「世界の誕生」
著  者  岡田英弘
出版社   ちくま文庫
 今、日本と中国の間では南京虐殺事件をめぐって争っています。そして日本と韓国の間でも従軍慰安婦問題で争っています。共に歴史認識の違いとか歴史修正主義と罵り合っています。日本人の間でも二つの出来事を巡って大きな断裂が生じています。しかしお互いの主張を丁寧に見ると、それは過去の歴史(一般的な)の問題というより極めて今日的、政治的問題といえるのではないかと思います。歴史修正主義とか歴史認識と真顔で問題として捉えるなら、「歴史とは何か?」と、過去の歴史を丁寧に紐解いて、己れの歴史観を鍛えておきたいものです。
 著者岡田英弘はP82にこう書いています。「『歴史』という言葉は、漢字で書いてはあるが、中国語起源のものではない。現代中国語で『歴史』(リーシー)というのは、日本語からの借用である。日本語の『歴史』は、英語の『ヒストリー』の訳語として明治時代に新たに作られた言葉で、それを日清戦争(1894~95年)の後、日本で勉強した清国留学生たちが、、中国に持ち帰ったのである」と。今日の日本人にとっては興味深いものがあります。古代倭国末期日本の始めの頃、中国文明の影響を受けながらも創作した日本語が新しい言葉を造語して、中国文明へ戻っていく、互いに影響しあっていく「縁」の面白さです。
 さて今日、中国文明、中華思想、中華民族と語られるその成り立ちは、いかなるものなのだろうか。著者は随・唐王朝と称した中国王朝は漢字で表記されているがゆえに中国人の国と思いがちだが、実体は遊牧騎馬民族の鮮卑族の武力国家であったという。さらに遡ると、項羽と覇を競い漢王朝を建てた劉邦も、遊牧騎馬民族匈奴の武力を後ろ盾に成ったものだという。清帝国も満州から興った北方騎馬民族女真人ヌルハチによって建国されたものです。その清帝国を継承した毛沢東国家そして習近平率いる現在中国も今清帝国の版図を領土として思考しているのですから、遊牧騎馬民族国家的性格をも継承している国家とみたほうがいいのではないでしょうか。
 著者はチンギ・スハーンのモンゴル帝国の成立によって中央アジアの大草原を介して中国とヨーロッパが接触しユーラシア大陸が一つと認識され、世界史という概念が誕生したと記しています。日本人が学校で学ぶ世界史は西洋史と中国史が中心、それも西洋優位の歴史です。ところがローマ帝国の滅亡も遊牧騎馬民族のヨーロッパへの侵入が発端です。後にモンゴル帝国もウイーンまで迫り東ヨーロッパから中央アジアを支配し続けています。さらに後のオスマン帝国然りです。今世界史では「タタールの軛」と語られていますが、ロシア帝国、ソ連、そして今日のロシアも500年に渡るモンゴルの支配下にあったのです。西欧にもアジアにも馴染めない今のロシアの現在の姿の眼に見えない「因と縁」です。
  喫緊の東ヨーロッパの課題シリア難民、ウクライナ紛争、そしてトルコ、ロシアと拡がる中東の紛争も、遊牧騎馬民族の興亡の歴史をたどることで見えてくるものがあります。混迷を深める21世紀己れの歴史観を鍛えるには最適の一書です。「歴史とは何か」、ずばり同名の新書があります。

                                                                                                                         Img_0079_2

書 名「歴史とはなにか」
著 者 E・H・カー
出版社 岩波新書

 翻訳者清水幾多郎は53年前、こう書き起こしています。「『歴史は、現在と過去との対話である。E・H・カーは、この言葉を本書の中で幾度も繰り返している。これは、彼の歴史哲学の精神である。一方過去は、過去のゆえに問題となるのではなく、私たちが生きる現在にとっての意味ゆえに問題となるのであり、他方、現在というものの意味は、孤立した現在においてでなく、過去との関係を通じて明らかになるものである。したがって時々刻々、現在が未来に食い込むにつれて、過去はその姿を新しくし、その意味を変じて行く。われわれの周囲では、誰も彼も、現代の新しさを語っている。「戦後」、「原子力時代」、「二十世紀後半」・・・しかし、遺憾ながら、現代の新しさを雄弁に説く人々の、過去を見る眼が新しくなっていることは極めて稀である。過去を見る眼が新しくならない限り、現代の新しさは本当に掴めないであろう。E・H・カーの歴史哲学は、私たちを遠い過去へ連れ戻すのではなく、過去を語りながら、現在が未来へ食い込んで行く、その先端に私たちを立たせる。」と。

 「過去を語りながら、現在が未来へ食い込んで行く」その様相には、西田哲学の「過去と未来とは、『作られしものから作るものへ』矛盾的自己同一として現在にある」という視点が欠かせないと思います。そして「作るものへ」の劈頭に立つ己れの歴史観は、己れの現在の価値観であり、己れの主観であるという自戒(絶対の自己否定)が欠かせないとも思うのです。

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