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2016/01/11

「いのちの居場所・居場所のいのち」書名「場の思想」清水博著を読む

書  名 「場の思想」
著者名 清水博
出版社 東京大学出版会

Photo_2<生命の二重性>
 生命科学者である著者はこう記していいます。物質と生命というが、生命とは生物という物的なもののことではなく、「生命とはいのちの活き」のことである、といいます。人間の身体に喩えると、細胞は個々の活きをとおして臓器として活き、臓器は臓器として活くことによって身体としては活く。その身体としての個々人は、身体を活かせることで、家庭人、企業人として活いて(働くではなく)います。「細胞→臓器→身体→家庭」とロシア人形のマトリョーシカのような入れ子の構造になっています一方で「細胞→臓器→身体→企業人」というマトリョーシカでもあります。個々人も家庭も企業もそして地域社会も多様なマトリョーシカを活きているのです。
 さらに細胞を構成している分子原子と遡っていくと、素粒子にいきつきます。その素粒子は粒子性という物的であり波動性という動的なものという二重性をもった存在なのです。

20160111<場>
 著者はこの生命の二重性を「場の思想」と名づけています。細胞にとって臓器はいのちの活く「場」であり、家庭や企業、地域社会は、個々の身体の活く「場」ということになります。そして家庭には家庭としてのいのちの活きがあり、企業には企業といういのちの活きがあります。企業のいのちの活く「場」は顧客であり、地域社会ということになります。
 日本人の日本人による哲学を構築した西田幾多郎はご自身の哲学の思索の初めを「純粋経験を唯一の実在として説明してみたい」と著書「善の研究」の序文に記しています。その「唯一実在の純粋経験」は晩年には「“今ここ”の関係性こそ唯一実在」「絶対無の場」「永遠の今の自己限定」という言葉で紡ぐようになります。「粒子性と波動性」の絶対矛盾的自己同一の「場」なのです。お釈迦様が悟った「色即是空」もこの粒子性と波動性の二重性を謳いあげたものといえると思います。
 昨年五郎丸選手の活躍で人気沸騰中のラグビーの世界には「One for All/ All for One」という言葉があるそうですね。これも「個と全体・全体と個」の絶対矛盾の自己否定の表現、あの見事なチームプレイの中の個々の選手の動きも競技場、観客のいのちをも一体とした「場」に現れた波動とういのちの活きなのでしょう。だからテレビの前のいのちも巻き込んで感動するのでしょうね。
 「場」とは「いのちの居場所であり、その居場所のいのちの二重構造なのです。
<「マエカワは何故『跳ぶ』のか」前川正雄著>
http://net-ksk.cocolog-nifty.com/keiei/2011/09/post.html

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