« 目標達成力と目的思考力 | トップページ | 立山三山縦走(1)室堂→龍王岳→一の越山荘 »

2016/06/29

書名「堕落論」 坂口安吾著

NHK100分de名著坂口安吾”堕落論”
2016年7月4日(月)22:25分~50分第一回「生きよ堕ちよ」
再放送 7月6日(水)12:00分~25分
 毎々伊集院光と指南役との対話も洒脱で興味深い。今回の指南役は大久保喬樹東京女子大学教授、時宜を得た一冊伊集院光も水を得た魚のように語るのではなかろうか。
書  名 堕落論
著者名 坂口安吾
出版社 角川文庫
20160628 角川文庫の帯には「人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」そして裏表紙には「人間は生き、人間は堕ちる。このこと以外に人間を救う便利な近道はない」とある。なにやら親鸞の悪人正機説「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」に通じるものがある。「人間とは何か」「日本人とはいかなる生きものなのか」腹の底から吐き出すように語っている。逆接、逆説に満ち満ちた警世の書だ。

  太平洋戦争敗戦の八ヶ月後の昭和二十一年四月に発表された作品だ。焦土と化した街々で戦闘帽を被った元日本兵が闇の物資を売っている、薄暗い夜の街灯の下には、昨日まで夫の還りをひたすら待っていた元妻元恋人の女たちが立っている。「堕ちる以外にどうやって生きろというのだ」、日本人の心の叫びが聞こえてくるようだ。
 
天皇陛下が命令した戦争ではないにもかからわず、「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え戦争をやめよ」と宣う天皇、その玉音放送を聞き、涙し、昨日までの一億玉砕の気概を瞬時に止めて粛々と武器を捨てた日本人、なんたる自己欺瞞に満ちた人間なんだ日本人は、と著者は語る。
 
著者は徹底して天皇制の欺瞞、武士道の欺瞞を語り、今こそ「堕落せよ」ここで堕落しないで何時堕落するのだ、さあ誰に遠慮もいらない、堕落せよ、堕落せよと、今日一日を生きるために廃墟の街を這いまわる人々に語りかける。堕落論の最後にこう書いている。
 「戦争に負けたから落ちるのではない。人間だから堕ちるのだ。・・・・・・人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ち抜くためには弱すぎる。・・・・・人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要だろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。」さしずめ親鸞なら「唯々唱えよ!『南無阿弥陀仏』と」というであろう。

 著者のいう堕落とは西田哲学にいう絶対の自己否定につながっているのではないか、絶対の自己否定の底(絶対無)にとどいて、そこから湧き上がる絶対の自己肯定こそ生のネネルギーなのだ。
 
今武士道を日本人の美徳として語り、「日本人は素晴らしい」「日本を取り戻そう」と語る善人が急増している。冥土の著者は堕落論を片手に何を思っているだろう。「法律は守っている」「合法だ!」と叫ぶ舛添元都知事を「SEKOI」と糾弾した日本人、一方でパナマ文書に名前が記載されていた方々のケタ違いの税金逃れは、同じ「合法」としてご本人も庶民も平然としている。TPP交渉の最前線の大臣もまた然りだ。
 著者は「堕落こそ唯一悟りへの道」といっている。堕落こそ現在の自己を否定し真の自己へ至る唯一の道だ。四百万人という生け贄を捧げた先の大戦を経ても、それでも日本人、そして日本は著者の警鐘の意に反して「正しく堕ちる」ことはできなかったと今の世相は、そして自民党憲法改正案は語っている。隣りにいるバカボンの横顔を見て、僕はあわててその口を抑えた。(苦笑)

|

« 目標達成力と目的思考力 | トップページ | 立山三山縦走(1)室堂→龍王岳→一の越山荘 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50017/63846191

この記事へのトラックバック一覧です: 書名「堕落論」 坂口安吾著:

« 目標達成力と目的思考力 | トップページ | 立山三山縦走(1)室堂→龍王岳→一の越山荘 »