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2017/05/07

今読む塩野七生著「サイレント・マイノリティ」

書名「サイレント・マイノリティ」

著者 塩野七生

出版社 新潮文庫
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「保守か革新か」「右翼か左翼か」「ネトウヨかネトサか」とFB、ツイッター等々SNS上はレッテル貼りに大賑わいだ。日本人はブランド好きといわれるけれど、ブランドというレッテルにはまだ多様性があるように思う。ここでは一刀両断、日本人はいつからこんなに多様性を見失い二元論者になったのだろうか。同世代の縁者とのお酒の上の世間話もいつも「お前は左翼だからなぁ」で終わる。帰宅して机の前で「どうして俺が左翼?」としばし自問する。

 塩野七生さんの著書「サイレント・マイノリティ」P154に「真の保守とは・・・・」がある。この中でイタリアの文明批評家ジュゼッペ・プレッツオリーニ(1882年~1982年)が挙げた保守主義者の条件を紹介しているさて己れは保守なのか革新なのか、それとも親しい縁者の云うごとく左翼なのか、久々に読み返してみた。なんと34項目もある。読んだ折にうなずきながら赤線を引いた項目が幾つもある。いくつか書き出してみた。

1.真の保守主義者とは、量より質に重きを置く人である。・・・・

2.保守主義者は普遍的な原則の影響をのがれられないとはいえ、新しき課題には新しき回答が必要であることを知っている。かれらはただ、失敗した経験を何度も繰り返す愚を犯したくないがために、過去を、つまり歴史を軽視しないのである。真の保守主義者は、自分たちが「明日の人間」にはならなくても、「明後日の人間」になることを確信している。

19.人間は、健康面でも、また性別でも外貌でも、そして教育でも才能でも勇気でも、さらに意志でも正直さでもその他あらゆる面で平等でないと、保守主義者は信じている。運命だって、すべての人々に平等ではない。そしてこの真実を無視する社会は遠からず自ら墓穴を掘る結果に終わることも知っている。

21.真の保守ならば、富の少数の者への過度な集中も、多数の者の過度な貧困も、ともに社会的危険と判断するはずである。そして、富みすぎる者や貧しすぎる者を制して社会を調和に導く、広い中間層の育成と保護を重視するはずなのだ。

25.保守主義者は、官僚制度の膨張、自国の防衛を他国に頼ること、長期にわた る重税、平価の切り下げなどが、常に社会の衰退の始まりであったことを知っている。そして民族の独立の終わりであったことも。

27.保守と認じている人々は総じてペシミストである。人間は皆、産まれる時は善人で、悪人は社会の所産であるとも思っていないし、善人もまたなんの努力をしないでも一生善人であり続けるとも思っていない。善であることは、言い換えれば悪に染まらないことはほんのちょっとした個人の意志によることが多いと知っているからである。

 もうこのくらいでやめにしよう、34項目赤線だらけ、俺は革新だ、と思っていたはずなのに、これは保守の条件ではなかったのか。塩野七生さんは「保守だと思っていた私も、どのくらい保守なのか、ちょっと自信がなくなってきた」とつぶやいている。

 日本社会に様々な二元論的断裂線が走る今、日本人一人ひとりこの34項目に○☓を付け、己れの立ち位置を確認してみてはいかがだろうか。「保守とは?」「革新とは?」。

 「『保守』即『革新』」、「『革新』即『保守』」、「“即非の論理”で考えろ!」と、鈴木大拙ならいうのだろうか。それにしても今の日本社会の二元論的風潮は恐ろしくもあり、危うくもある。

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