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2017/10/25

「いのち」の蛻変をとおして「価値(mPQ)」は生まれる

<蝶々の蛻変と価値創造>
20171127キャッシュフロー全図はキャッシュ(現金)を人間の体内を循環する血液に喩えて、図にしたものです。エクセル教材の資金繰表の一行が変化すれば、瞬時に変化しています。人間の血液は眼に見えない「いのちの活き」でもあります。企業を生き物、経営者、社員等々利害関係者の寿命を超えて生きていく生き物とイメージできるならそこに生き物の「いのちの活き」も見えてくるのではないでしょうか。キャッシュフローを「いのちの活き」という視点から見るとどうみえるのでしょうか。  

「わが社はキャッシュフロー(CF)を意識して経営している」と、声高に語る経営者に「では御社にとってCFとは?」とあらためて聞いてみると、単に現・預金残高を多く持っていることだったり、回転率が大事と売上債権の残高、棚卸資産の在庫を絞っていたり、果ては売上債権をファクタリングと称して現金化することだったりする。「キャッシュ→現金」と連想するのでしょう。

  経営体験上で飛び交う言葉を字面の表面的意味でイメージしていては、経営体験を骨肉化することはできません。すべては喩え話なのですから。会社盤(図1)上の「倉庫・工場・営業所」を字面でイメージすると、そこにある「もの」を「材料・仕掛品・製品」とイメージし、キャッシュフロ-経営を現金節約経営とイメージして、「材料・仕掛品・製品」の在庫を絞ってしまう。するとたちまち品切れが生じ、掲げた「お客様第一主義」が嘘になる。当然価値(mPQ)創造に齟齬が出ることになります。

  ところが経営の究極の目的は「お役立ち」ととらえることができたら、「倉庫=約束のステージ」「工場=創造のステージ」「営業所=実現のステージ」とイメージできるようになります。そこに動的な「時の流れ」がありありと見えてくるようになります。時は「明後日(倉庫)→明日(工場)→今日(営業所)」と流れているのです。

  そうなれば、決して製造業の経営体験ではなくなり、業種業態を超えた経営体験になるはずなのです。「物」は単に「物」だけでは存在していない、「物」は常に情報を発信している「物『即』情報」なのです。ここでいう情報を「コト」といって、近年「コト消費」という言葉ができて、今度は「物」の存在を忘れてしまいます。「物事」は「モノゴト」、産業社会といっていた頃は「モノ消費」今は「コト消費」と訳知り顔にいう。いつの時代も「モノ『即』コト」そのウェートが変わってきたというだけのことです。二元論で切り分けているといつも物事の本質を見失ってしまいます。

  蝶々の蛻変を会社盤(図2)上に喩えてみよう。蝶々は「卵(Ⅰ)→芋虫→蛹→蝶→卵(Ⅱ)」と蛻変しています。始めの卵(Ⅰ)と終わりの卵(Ⅱ)は別のもの、芋虫も蛹も直接卵に変わることはありません。卵には「卵のいのちの活き」、蝶には「蝶のいのち活き」があり、蛻変という生身の循環を通して「蝶々のいのち」を繋いでいる。卵、芋虫、蛹、蝶という眼にみえる生き物の循環のみえないところで、「蝶々のいのち」も循環しているのです。ですから同じ蝶の卵にみえていても卵(Ⅰ)と卵(Ⅱ)は別の「いのち」です。そこに新しい可能性(イノベーション・進化)が内包されているのです。「色即空」「空即色」と。

  企業には経営者、社員、商品・サービス、取引先、株主といった利害関係者の固有のいのちとは別に企業の固有の「いのち」があります。蝶々のいのちの眼にみえる始点は「卵」です。企業のいのちの眼にみえる始点が現金(キャッシュ)なのです。芋虫、蛹が直接キャッシュに生まれ変わることはなく、材料として、仕掛品として、商品として、それぞれの「いのち」を熟成して後に、現金に変成するのです。この変成した現金の眼に見えない側面を「価値」といったり粗利益(mPQ)といったりしているのです。価値創造とは粗利益(mPQ)創造であり、価値創造は現金の蛻変という「いのちの活き」を通して実現しているのです。

  キャッシュフロー計算書をこの現金の蛻変を表現したものして。読み解いてはいかがでしょう。

  お客様へのお役立ちもこの蛻変という「いのち」の循環を通して実現し、生み出す価値(mPQ)も又、この「企業のいのち」の蛻変から生まれるのです。

  貸借対照表上ではこの眼に見えない「企業のいのち」が資本という表現で、貸方(右)に他人資本、株主資本として記載されています。借方(左)の資産は蛻変しつつ循環していますが、貸方(右)の資本は眼に見えない「いのち」です。眼には見えないのですが、眼に見える資産の蛻変とともに流れているのです。貸方の他人資本とは他者から借りた「他者のいのち」、未来の「己れのいのちの活き」で贖うことになります。株主資本は「己れの過去のいのち」、過去の己れという他者(芋虫・蛹)から引き継いだ卵の「いのち」です。

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