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2018/05/03

今読む「新・生産性立国論」デービツド・アトキンソン著

書名「新・生産性立国論」

著者デービッド・アトキンソン著

出版社 東洋経済新報社
Img_1218_2 近頃多くの企業経営者や政府(官僚)が「生産性」「生産性」と声高に語っています。しかし「生産性」なる言葉を声高に掲げる方々の多くが「生産性とはなんぞや?」と、その意味をまともに捉えていないように思うのですが、いかがでしょうか。その現れが国会の「働き方改革」法案に現れています。政府(官僚)はデータを偽ってまで「働き方改革」法案を通そうとし、経済界もそれを歓迎しています。しかし「生産性とはなんぞや?」と真面目に問い直せば、この法案はどう贔屓目に見ても「働かせ方改革」法案にしか見えないのです。
 イギリス人の著者デービッド・アトキンソンは元ゴールドマン・サックスの金融人。そしていま現在は、なんと神社仏閣、国宝・重要文化財の修復を専門に手がける小西美術工藝社代表取締役社長というから驚きです。この本の帯に「『労働者の質』はトップレベル「『無能な経営者』こそ問題だ」と著しています。

 その日本を愛してやまない異色の経歴のイギリス人の著者が語る「生産性とは?」、日本の企業経営者の舵取りのみならず、個々人の生きるべき方向を見定めるためにも時宜を得た一冊です。
 本文P57に図解して、日本全体としての国家の生産性を「GDP÷人口数」と定義をし、分子のGDPを付加価値と定義しています。それに倣って個としての企業の生産性も「付加価値÷社員数」と定義をしています。国家のGDPを計算するには、「給与+利益+税金+金利等」と事後的に加算して算出しますし、経済学上も付加価値という言葉が使われています。しかし。
 企業経営者が「生産性を上げろ!」と声高に叫ぶと、声高になればなるほど社内に混乱が生じてしまいます。「生産性」の言葉のもつ意味は、当然分かっているはずのことなのですが、実際には経営者ご自身さえ、確固たる捉え方をされていない方が多いように見えるのです。混乱の原因は「生産性とは割り算である」というところにあり、二つの側面があります。
 第一の側面、「生産性」は割り算ですから比率です。長年自分の講座でも「ひとも企業も“率”では飯は食えない」と申し上げてきました。昔「貧乏人は麦飯を食え」といって顰蹙を買った総理大臣がおられましたが、これは本質的には理にかなった発言だったのです。銀シャリ(死語?)を一日一膳食べるより麦飯を三食食べるほうが生きるエネルギーになるのは明らかです。三度の食事は生存のためのエネルギー補給でもありますから質と量、味(質)とエネルギーの総量との関係です。質と量は「質量」であり、不可分の「質-即―量」、「不一不二」なのです。
 「生産性」は比率、質的概念でありエネルギー効率という実体のない計算上の概念です。分子と分母の個々の総量と割り算の比率、「質-即-量」の両面から捉える必要があります。
 第二の側面は分子の付加価値という言葉が醸し出すニュアンスから起きる混乱です。付加価値という言葉から「価値を付加する」というニュアンスの内に己れの都合が垣間見えるのです。質と量との二元論、価値と付加との二元論が生じるのです。これが言葉の持つ危うさ、言葉の限界です。
 もちろん著者はそれを暗黙の内に理解した上で「付加価値」という言葉を使っています。P57の図解でも「生産性」の概念を国(全体)と企業(個)を分けて表現しています。全体としての国の付加価値は加算方式ですが、個としての企業の付加価値は「売上から他社に支払う金額を引く」と変動費を差し引いた限界利益の概念、引き算として表現しています。そうなのです。「経営は引き算」なのです。
 とかく企業経営者が「付加価値を上げろ」と声高に語ると、社内は、己れの都合(主観的)で、労力をかけて商品に様々効用を付加し、高付加価値化と自称するのです。「価値はお客様が決める」ことを忘れてしまうのです。
 長年講座を通して「付加価値というな!」「粗利益といおう」、いやいや「粗利益というな!」「mPQといおう」と申し上げてきたのも、言葉による誤解や矮小化を避けて本質を追求していただきたいと念じてきたからです。
 企業経営者が「粗利益の追求!」と掛け声しても、とかく社員は粗忽に全体を忘れ部分(個ではなく)に奔り、「粗利の追求」と捉えたり、「利益追求」と捉えて行動してしまいます。前者は「単位当たりの粗利」という「質」に拘り、価格に拘り、量を忘れてしまうのです。その結果、肝心の粗利の総額である粗利益(未来のエネルギーの源)が足りなくなります。粗利益をmPQと表現すると①「m=粗利益率」、②「mP=一個あたりの粗利」、③「P=販売価格」、④「Q=販売数量」、⑤「PQ=売上高」と分子の粗利益総額を5つの側面から矯めつ眇めつ、冷静(客観的)にながめることができるのです。このことは別の機会に詳しく書くことにします。
 後者の「利益の追求」に至ってはまったく論外で、まった従業員一人ひとりの行動には結びつかない、意味のない単なるスローガンに過ぎません。利益は、「利益=粗利益-固定費」という事後的に計算で決まるものだからです。
 社内で声高に「生産性」「生産性」と叱咤する企業経営者ご自身の「生産性とは?」いったいなんでしょうか。それは「粗利益÷固定費」、損益分岐点比率の逆数なのです。損益分岐点比率というと「固定費÷粗利益100」を想起し、単に経営分析上の一つの指標と思いがちですが、逆数で固定費生産性と捉えると、企業経営者の総合的な意思決定の質的側面を表していることに気がつくはずです。もちろんここでも「質と量」の絶対不可分の「質-即-量」と捉えることはいうまでもありません。分子の粗利益総額と分母の固定費総額それぞれの量的側面と割り算の結果の比率という質的側面とを企業経営者の生産性と捉えることができれば、企業経営者自身が「利益の追求」といった、従業員一人ひとりの行動に結びつかない意味のない旗印を降ろすことができるはずです。
 企業の未来、個々人の未来を日本の未来と重ね、「さて己れの未来を如何にせん!」と前向きに「企業経営者の活き方改革」、「従業員一人ひとりの活き方改革」を思い巡らすために、率直に著者デービッド・アトキンソンの日本人への警告に耳を傾けてみてはいかがでしょう。帯には「『労働者の質』はトップレベル・・・・・」の一方で「『労働者の黄金時代』が訪れる」ともある、示唆に富んだ一冊です。

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