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2019/03/17

<「ものづくり」から「ことづくり」へ>-「もの」と「こと」の“あいだ”-

1.時は未来から過去へ流れている

  近年、見聞きすることの多いキャッチコピーです。誰が、「何のために」掲げたのでしょうか。「もの」と「こと」の間の「から」そして末尾の「へ」が気になります。「『もの』から『こと』へ」と聞こえこないでしょうか。失われた30年、とりわけこの20年、日本の企業から新しいものが生まれてこない、というより「もの」が売れないという焦りや苛立ちが背景にあるように思うのですが、いかがでしょう。焦りや苛立ちからは「こと」は作れないのではないかと思うのです。焦りや苛立ちは“今ここ”の心の有り様ですから。

  ひとの意識は、とかく時は過去から未来へ流れていると思いがちです。己れの立っている位置を中心に「ものこと」を眺めると確かにそう思えるのです。目が覚めると夜は朝になっています。ですが、今日が明日になること、過去が未来になることはないのです。今日は昨日になっても明日になることはない。明日は今日になり、今日は昨日になるのですから、時は未来から過去へ向かって流れているのです。

  このキャッチコピーに危うさを感じるのは、どこかに「ものづくり」は古い、これからは「ことづくり」という「過去から未来へ」という意識の流れを感じるのです。どこか過去に軸足を残している、プロダクトアウトのにおいを感じるのです。

2.「もの」と「こと」のあいだ

「もの」は過去「こと」は未来、そして現在は「過去と未来」の「あいだ」の「と」です。「あいだ」ではあっても、微かに未来へ軸足を移しつつある“今ここ”の現在ではないでしょうか。

 「己れと他者」との関係性でいえば、己れは過去、他者は未来です。そしてその間の「と」、微かに未来に重きを置いた“今ここ”の現在の関係性、この微かな兆しを感じるためには、他者から己れを眺める視点の転倒、天動説から地動説へのパラダイムシフトが必要なのだと思うのです。

「こと」は市場、マーケット、消費者といった概念上の言葉ではなく、己れの対極にある、お客様(個客)の側にあると思うのです。お客様の側にある「こと」を「もの」に落とし込んで始めて、お客様は「もの」(商品・サービス)と、お金という「もの」と交換してくれるのではないでしょうか。「もの」ではなく、あくまでも「もの」に織り込まれた「こと」に共鳴して買っているのではないかと思うのです。だから過去という「もの」にはない、“今ここ”の刹那の鮮度、安心、安全が求められていると思うのです。

3.消費者ではなく生活者

古い話で恐縮ですが、ホンダのスーパーカブそしてソニーのウォークマンも「もの」ではなく、バイクに乗る“こと”、音楽を聴きながら街を歩く“こと”という「こと」を買っていたはず、売っていたはず、ご神体の前で柏手を打つ右手と左手のどちらの手が鳴ったのかわからないように、「作り手『と』買い手」が「と」として共鳴したのだと思うのです。乗っていた、街を歩いていたのは消費者ではなかったはず、活き活き溌溂の生の生活者(活き活きと生きる者)ではなかったかと。消費者、市場、マーケットと声高に叫んでいるうちは「ことづくり」の微かな契機は聞こえてこないのではないかと思うのです。

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