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2019/11/21

書名「MMT-現代貨幣理論入門ー」を読む

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書名「MMT-現代貨幣理論入門」
著者 L・ランダル・レイ
出版社 東洋経済新報社
 話題の書を読みました。現代のドル、ユーロ、元、円といった通貨はご存知の通り不換紙幣といわれいます「もの」としての価値はまったくありません。近年コンピュータ内の記号になっりつつあって、紙や金属でもなくなりつつあります。
 僕は密かに浮遊霊と名付けてきました。耳なし芳一に取り憑いた平家の落ち武者の怨霊のように、「もの」とか「人」とか「何か」に取り憑いていないと安定しないからです。紙や金属や記号が取り憑くはずはないので、それを成り立たせている「何か」眼に見えないものが取り憑くのだと思っているのです。その何かを僕は浮遊霊と名付けてみたのです。1971年8月15日のニクソンショック以後の通貨ですね。なぜ8月15日だったのでしょうか、謎ですね、今もって僕には。
 浮遊霊はしばらく取り憑いて取り憑かれたものが有頂天になると、あっという間に離れていきます。今年になって金価格が1980年以来の高値を付けたとにぎわっています。金一㌘は古代から一㌘なのにおかしいですね。
1971年8月は一㌘  405円( 1.13米ドル)
2019年8月は一㌘5,000円(48.23米ドル)
 金の本質は同じ一㌘なのに48年前と今とでは、円では12倍、米ドルでは43倍になっています。円高、米ドル高ではなく計る物差しが動いている証しです。今でも日本は輸出立国(貿易立国ではなく)と思っておられる方が多いのですが、さてこの金という視点からみれば、48年間の日本の貿易黒字(米ドルと交換した労働力や資源)の累積は米ドル(紙切れ)と交換することで、単純にいうと3分の一に目減りしたともいえるのです。浮遊霊といわずして何というか。金がいいというわけではなく、視点をどこに置くかで見え方が変わってくるといいたいのです。
 このMMT理論では一国の視点でみれば「輸入は便益であり、輸出は費用である」とあります。紙切れで他国の「もの(労働力・資源)」を買うのですから視点を変えれば、どちらが得しているのかはあきらかです。
 又MMT理論では「自国で通貨を発行している主権国で変動相場制を採用している国なら自国通貨をいくらでも発行できる」ともいっています。プライマリーバランスと言い募っての消費税2%増税の大騒ぎが馬鹿に思えてきます。
 現代の通貨は政府の債務証明書にすぎないともいいます。そうなんです。個人が現預金を資産と思って持っていると複式簿記では、個人の貸借対照表(以下B/S)の借方(左)に記載されています。同時に同額が発行した政府のB/Sには貸方(右)に記載されているはずです。
 だって左と右が必ず一致する複式簿記の恒等式が当てはまるのですから。個人が現預金で納税すると個人のB/Sの借方(左)が減り、政府のB/Sの貸方(右)が減るのです。政府は徴税したお金を事後的に政府支出として使うのではなく、あらかじめ債務証明書としての通貨を発行しておいて、後から徴税して債務を消すのだとMMTはいいます。
 ですから幾ら通貨を発行してもハイパーインフレにはならないと。そしてその債務に本来金利を払う必要もないと。国民は現預金を資産と思って大事にしていても、国家の負債を後生大事に抱えているだけだ、ともいえます。黒田マジックのインフレターゲットも、国家の負債を減らすための旗印、ゼロ金利は国民の預貯金に利子をつけないための旗印なのかもしれません。これでは国民の1、000兆円余りの預貯金は踏んだり蹴ったりです。
 「世界は一家、人類はみな兄弟」と高らかに語ったのは故笹川良一氏でしたが複式簿記的にも必ず誰かの借方(左手)は誰かの貸方(右手)と繋がっています。人類70億人がそして国家はもちろん、企業の、家庭のB/Sも全部右手と左手で手を繋ぎ、その網の上を現代通貨(不換紙幣)が流れているのだと思います。流れているものは紙や金属といった形のあるものではなく、眼に見えない浮遊霊でもあり、「いのちの活き」でもあります。
 複式簿記の借方(左)貸方(右)のイメージを膨らませて読むとこの500ページの大著もとても読みやすくなります。不換紙幣である現預金を借方(左)からみるか貸方(右)からみるかの視点(始点)の移動ができるか、そして借方貸方という西欧的二元論から、東洋的循環論へと視点を移せるか否かではないかと思います。
 読了して引っかかる点が二つ残りました。一つは、政府の貸方と繋がっているさらに奥(始原)の眼に見えない借方(左)は、誰の借方(左)か?、大自然か?、神なのか?。MMT理論では国民の納税義務だ、といっています。ですが、義務は「空」で貸方(右)のはずですから、政府の貸方(右)とは直接つながることはできません。徴税権として繋がっているはずです。通貨発行は徴税権の先行行使なんです。とするとその権利行使(借方)のその奥に控えている貸方(右)は「何か?」、民主主義国家の原理では徴税権を与えているのは国民、さすれば、奥の貸方は国民全体の生活に対する国家が負っている義務ということになるのではないでしょうか。封建国家では国王、専制国家では皇帝の貸方(右)に絶対権力が神のようにあったのでしょう。
 もう一つの疑問は、MMT理論では前提条件を三つ挙げています。
①主権国家で自国の通貨を発行している
②変動相場制を実施している
③政府と中央銀行が一体である。それは政府のB/Sと中央銀行のB/Sを100%連結できること。 
 EU加盟国でユーロを使用している国では、欧州中央銀行(ECB)が加盟国から独立して主権の及ばない上位にあるので、MMTは当てはまらないことになります。今の中国は為替管理をしているとすれば②のところで当てはまるのか否か疑問符が付きます。日本の政府と日銀の関係はどうか?アメリカの中央銀行である連邦準備制度(FRS)とアメリカ政府の関係はどうか?MMT理論では問題にしていませんが、気がかりなところです。
 いずれにしろ国家を統べるリーダー達が視点を変えることができるかどうかにかかってますし、いかなる経済理論も運用を間違えれば、今日のような格差拡大を惹き起こしたり、バブルを起こしたり、紛争戦争といった憎しみの連鎖、果てはハイパーインフレーションといった災危から逃れることが出来ないことには変わりありません。すべては色即是空なのですから。

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