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2020/01/26

<「武漢封鎖!」からカミユの小説「ペスト」を思い出す>

 テレビ、新聞に踊る言葉。鉄路、空路そして陸路も封鎖したと中国政府は発表しています。テレビ報道でも沢山の重機が鎌首を上げ下げしながら、地上を動き回っている不気味な光景が映されています。感染者を収容する場所を用意しているのでしょう。
51wforw1bfl 小説はフランス領アルジェリアの港町オランにペストが蔓延し、フランス政府によって街を完全に封鎖された街の住民、たまたま旅行で滞在したために封じ込められた旅人、などなど、ペストを封じ込める一年余に渡る人々の死の恐怖に抗いながら暮らす、様々な心理模様を描いています。
 小説の主題はペストの蔓延と封じ込めを通して、人間が生きることの「不条理性」です。1947年の作品、著者はナチスドイツの占領下でレジスタンス運動の闘士として戦った経験もあり、ペストをナチスドイツに置き換えれば、そのまま占領下のフランス人の心情にも通じるのでしょう。
 「歴史は繰り返す形を変えて」どこで聞いた言葉か定かではないのですが、今を生きる我々世代にとって、ペストは「新型コロナウイルス」であり、「失われた30年」であり、「環境破壊」そのものでもあります。
 ジム・ロジャースは著書「お金の流れで読む日本と世界の未来」の冒頭に「重要なのは、『歴史は韻を踏む』ということである」と著し作家マーク・トウェインの言葉として紹介しています。「歴史は繰り返す形を変えて」もここに由来するのでしょうか、定かではありません。51ffedp0osl
 小説「ペスト」がモーツアルトの旋律のように揺らぎながら繰り返すということはペストが、企業の中高年のリストラ、格差拡大、環境破壊と姿形を変えて顕われ、主題の「不条理」が続いていくということなのでしょうか。
 「不条理とは」著者カミュは「シーシュポスの神話」にこう著しています。「この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死に物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて、その両者ともに、相対峙したままである状態」だと。
 あくまで合理的論理的に生きようとする人間の性、己れのその合理的論理的思考から想定の内と外として切り捨ててしまった非合理・非論理的「ものこと」との遭遇。その想定外の「ものこと」との遭遇と”対峙して生きる”ことが不条理を生きることだとすれば、それこそ「自己を生きる」ことなのだと思う。
 若い頃、世の中の「不平等」「不公平」を嘆きつつ、手にした折には掴み得なかった主題が、人生とは「不条理を生きることだ」と、気づくのになんと長い歳月を要したことか、と苦笑するばかり。

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