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2020/03/04

今読む「世界史の針が巻き戻るとき」

書 名「世界史の針が巻き戻るとき」
-「新しい実在論」は世界をどう見ているか-
著 者 マルクス・ガブリエル
出版社 PHP新書
初 版 2020228
Img_2510thumb1 NHKドキュメント「欲望の資本主義」シリーズにも毎々登場する、若いドイツ人哲学者M・ガブリエルさんの新著です。日本でもとても人気のある哲学者です。著者自ら、「自分の哲学は京都学派に近い」と語るくらいですから、日本人とは相性がいいようです。今激変する世界に起きている危機として五つを挙げています。
①価値の危機、
②民主主義の危機、
③資本主義の危機、
④テクノロジーの危機、この四つの危機に横たわる、
⑤「表象の危機」。 
 NHKドキュメント「欲望の時代の哲学2020-M・ガブリエル『NY思索ドキュメント』-」が昨週から五夜放映されています。昨夜(33日)は第二回「自由が善と悪を取り違えるとき」、先週の第一回が「欲望の奴隷からの脱出」、来週第三回は「闘争の資本主義を越えて」、毎々のタイトルも魅力的、残り三回が楽しみです。
 五つの危機を乗り越えるには哲学が必須だと著者はいいます。その哲学が「新実在論」だと。そしてその「新実在論」が京都学派(根底は西田哲学)に近いと著者本人が語っているのですから、日本人の一人としては傾聴しないわけにはいきません。
 本書P95には「日本が果たす役割―新しい実在論と禅の役割-」の一項を設けて「『今』に集中し、欲望のレベルを下げるということは、実は『新しい実在論』の形でもあるのです」と瞑想の境地が著者自身の哲学の近接にあることを著しています。
 「仏教(禅宗)に代表される日本の価値観は、欲望を極力切り捨てて、大きな変化を求めるよりも今目の前にあるものを大事にする思想だ」と日本人編集者が教えてくれた、と。
 ちょっと気になるところは同じページに「仏教が結局のところはニヒリストであることを忘れてはなりません。」とあります。仏教を西欧的ニヒリズム(虚無主義)と理解しているのならそれは西欧人らしい浅い理解ではないかと、ちょっと真意を質したくなるところもあります。
 「新実在論」では主客未分の「意味の場」からの視点を説いていて、西田幾多郎が晩年言葉を紡いだ「絶対無の場」とも近接しているように思いますが、西田の“絶対”弁証法には届いていないように僕には思えます。だから仏教をニヒリズムと語るのでしょうか。人間の欲望を哲学で制御しようと意欲的に取り組む著者も、西欧人として神を宇宙の外において実在とする一神教の概念から抜けきれていないのかもしれません。
 仏教とりわけ大乗仏教は心の虚無の底に”仏性”をおいて自己の内に置き、神仏の概念を外に切り出すことをしていないので西欧的な”虚無”にはならないと思うのです。そして西田哲学でも言語由来の人間世界の相対界(岩井克人のいう「社会的実体」)の底に「絶対」を置くことで哲学の世界の土俵際に踏み留まったのではないかと思います。岩井克人さんが「カントの定言命題を真理としよう」と提唱しているのと同じ立ち位置にあります。
 「欲望」「欲望」と声高に語ると、欲望が諸悪の根源のように思えてきますが、生きものは、エントロピー増大の法則(熱力学の第二法則)に抗うことで生きている存在です。それが宇宙の始原から137億年の今日まで続く「いのちの活き」の方向性であり、その「いのちの活き」を生きもの(人間を含む)一般には生命力と呼称するのでしょう。 
 人間は、言語をもつことで、その生命力を欲望と呼称する社会的実体を作り上げてきています。著者の語る五つの危機はすべて、この言語由来の相対界(社会的実体=現世)の危機、それはまた言語由来の哲学を通して“欲望”という名の生命力を制御することで生き続けていく以外に方法論はないのでしょう。
 五つの危機は他人事ではなく、ドイツ人哲学者が日本を含む世界の危機として語っているのです。今、忖度に満ち満ちた日本列島、「日本は優しい独裁国家」とも著されています。民主主義も言語由来の概念ですから、民主主義とは何なのか?己れの概念を「意味の場」から問い直しておく機会にも好著です。

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