2016/06/10

目標達成力と目的思考力

 マスコミは舛添都知事の金銭問題で持ちきりです。ですがこういう批判に同調していては、他者を己れの鏡とすることはできないと思うのです。今の日本を映した姿として提示された問題でもあると思うのです。「他者は己れを映す鏡」ですから。 
 目標達成力と目的思考力という視点から見るとこの問題を「己れの姿を映した鏡」として捉えることができるのではないでしょうか。

続きを読む "目標達成力と目的思考力"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/05/14

パナマ文書に見る合法と非合法の狭間

パナマ文書に掲載されていた企業名、個人名がインターネット上に公開され話題を撒いています。日本でも一流の企業名、一流の方々の個人名です。皆さん余裕綽々とテレビカメラの前で釈明しています。異口同音に「合法です」「ビジネスの一環です」と流石に優等生的弁明です。

 これらの報道を見ていて、ふと、リーマンショック直後の或るパーティでの私的会話を思い出しました。CDSバブルが弾けリーマン・ブラザースを筆頭に世界の大金融機関が弾け飛んで世界経済は大混乱しました。時を同じく、日本では牛肉偽装事件で大騒ぎしていました。ファイナンス系の学者Aさんと、ファイナンスど素人の僕との乾杯の合間の短い会話です。以下ファイナンス系の学者さんをA、僕をBと略して会話を再現してみました。

続きを読む "パナマ文書に見る合法と非合法の狭間"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/07/07

お奨め書名「帳簿の世界史」ジェイコブ・ソール著

書名「帳簿の世界史」
著者 ジェイコブ・ソール
出版社 文芸春秋
 今東芝の粉飾決算問題もあり、時宜を得た一冊です。1929年の大恐慌、リーマンショック、世界経済を揺るがす大事件でも公正を期するはずの会計監査法人も総掛かりの粉飾決算が明らかになっています。にもかかわらず帳簿(複式簿記)の重要性はますます高まっています。腰巻きには「権力とは財布を握っていることである」とあります。今時のギリシャ問題の本質もこの腰巻きの一行に象徴的に表れています。ユーロに加盟した瞬間に加盟国は国家としての権力を手放していたのです。自由に離脱する術はないのです。古代ギリシヤ悲劇は神々の悲劇ですが、現代のギリシャ悲劇は直接的にギリシャ庶民の悲劇です。日本の庶民層にとってもいつか来る我が身の姿かもしれません。  

続きを読む "お奨め書名「帳簿の世界史」ジェイコブ・ソール著"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/01/31

<棹秤を自分で持つ>

  2015年1月22日(金)ECB(欧州中央銀行)が向こう一年半の間に150兆円余のユーロの量的緩和に踏み切ると報道しています。日銀の黒田マジックを追うこと2年、FRBのQE3を追うこと6年、これで経済先進国のすべてが大量の通貨を増発することになりました。量的緩和とは大量の紙切れ通貨の大量増発ですが、先を行くFRBは年央にも増発した米ドルの圧縮をはじめると噂されています。この量的緩和に共通しているのは、目標を物価上昇2%、紙幣の増発は中央銀行が国債を買い込むという手法を使っていることです。

<国債マイナス金利広がる>2015年1月24日日本経済新聞記事

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC23H0C_T20C15A1EA2000/

 この記事にみられるように国債の金利がマイナスで取引されています。これは各国中央銀行が額面より高い価格で国債を買い入れている、つまりそれだけ中央銀行が含み損を抱えつつ量的緩和をしているということを意味しています。物価上昇目標2%が実現しなければ(恐らくしないでしょう)いずれその含み損が現実のものとなり国の負債として表に現れるというわけです。

続きを読む "<棹秤を自分で持つ>"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/10/29

「偽装」か「誤表示」か?どちらでもいいこと

阪急ホテルの食材偽装がマスコミを賑わしています。社長は「<誤表示>であって、<偽装>は無かったが、<偽装>と疑われてもいたしかたない」とお客様(消費者ではない)には開き直っていながら、ブランド価値を傷つけた、早急に回復したいと、社内向けには辞任すると驚きの記者会見をしています。

 このテレビ報道を見て、会田雄次著「日本人の意識構造」の一節、「焼け野の雉子の真相」を思い出しました。日本人の戦う姿勢を皮肉った譬え話です。「焼け野の雉」は野火の焼け跡を歩くと母雉が焼け死んでいる、それを取り除くと、下から雛がピヨピヨと鳴きながらでてくる姿、親が子を守る尊い姿のことです。「わたしたちの家庭を守るとか職場を守る、企業を守る、あるいは国を守るといった守備姿勢というものの精神構造は・・・・・背を外部に向けうつ向き、内側を向いて守るという形になる」と書いています。今から43年前、1970年に出版された著書です。みずほ銀行の頭取のテレビ映像に映る姿も同工異曲、グローバリゼーションの時代だ!、世界で戦う時代だ!と日頃若者を鼓舞している企業リーダーの姿とは似ても似つかぬ姿勢に見えます。

続きを読む "「偽装」か「誤表示」か?どちらでもいいこと"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013/09/21

映画「許されざる者」を観て

映画「許されざる者」を観にいった。記憶に残る、クリント・イーストウッド監督の名作「許されざる者」の日本版だ。名作だけに簡単になぞるわけにはいかないだろうに。と思いつつ映画館に入る。毎々チケットと同時にパンフレットを買うことにしている。家内からはいつも「どうせ読まないのに」と笑われるが、老中になるとシルバー割引とかで二人で2,000円、小さな町の映画館の中、観客はいつも数えたら両手が余る、いつも上映してくれていてありがとうだ。だから感謝を込めて毎々パンフレットを買ってささやかだが、客単価アップを応援する。

続きを読む "映画「許されざる者」を観て"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/08/26

映画「風立ちぬ」を観て-

「風立ちぬ」は堀辰雄の小説を想像して、といっても微かにしか記憶に残っていないのだがタイトルからは気がすすまなかった、だが宮崎駿監督作品とあっては観ないわけにはいかない。
 映画館を後にして家内と首をかしげることしきりだ。「監督は何をいたいのか?」小川のせせらぎ、紙飛行機を運ぶ風の匂い、映像は相変わらず繊細で美しい、堀越二郎と菜穂子若い二人の愛情も細やかで美しく、その純愛に、枯れたはずの老中の僕も、思わず胸キュン、涙がホロリだ。しかし?しかし?
 この、きな臭い日本の今ここで、宮崎駿フアンのひとりとして、まさか戦争を美化し、ゼロ戦を美化したとは思いたくない自分がいる。 

続きを読む "映画「風立ちぬ」を観て-"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/08/03

今読む堤未果著「(株)貧困大陸アメリカ」

書 名 「(株)貧困大陸アメリカ」
著 者 堤未果
出版社 岩波新書
 著者の今回のルポは主としてアメリカの農業の現状です。P105に「遺伝子組み換え作物で消費者の健康や環境に被害が出ても、因果関係が証明されない限り、司法が種子の販売や植栽停止をさせることは不可とする」とあります。2013年3月28日、オバマ大統領の署名によって成立した法案の一節です。別名”モンサント保護法”というのだそうです。巧妙に包括予算割当法案の中の第735条として紛れ込ませて成立させているといいます。
 日本人がこの一節を読んだ瞬間に、この一冊すべてを読む義務を負うのではないでしょうか。今回の参院選挙で日本国民は、己の投票行動の如何にかかわらず安倍政権に長期安定政権のお墨付き与えてしまいましたから。ねじれているからこそ参議院の存在価値があるにもかかわらず、「ねじれは悪いこと」というプロパガンダに洗脳されて。

続きを読む "今読む堤未果著「(株)貧困大陸アメリカ」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/06/10

対オーストラリア戦に見る次代の輝き、そして日本人に突きつけられた「今ここ」の課題

日頃サッカーへの関心も薄く、テレビ放映の試合すら滅多に見ることもなく過ごしてきた僕ですが、今回の対オーストラリア戦はなんとなくテレビの前にいた。一所懸命相手ゴールを攻めているようには見えるが、素人目にはなんとなく物足りなさを感じていた。そして前半の最後、あっけなく一点取られて、「やっぱりなぁ」「駄目だなぁ」「あの攻めでは」「このまま負けるのだろう」と思った。

続きを読む "対オーストラリア戦に見る次代の輝き、そして日本人に突きつけられた「今ここ」の課題"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013/03/24

”風評被害”という四字熟語の意味するもの

マスコミが風評被害という四字熟語を流布しています。僕の住む栃木県の農産物も放射能に汚染されていなくても、その四字熟語に汚染されています。福島県の農家、畜産家はもちろんその汚染は茨城県、千葉県にも及んでいます。
 マスコミの取り上げ方も風評被害に立ち向かう農業関係者を美談として取り上げています。農業関係者が被害者だからなのでしょうか。マスコミが取り上げることで、被害が軽減されるからなのでしょうか。風評に惑わされて買わない生活者が無知蒙昧の加害者のようにも映ってしまいます。
 家内の実家が農家ですから、毎年実りの秋には新米が届き、それを縁者にも分け、豊穣の喜びを分かち合うこともできました。春になれば、苺の美味しい季節、関西に住む孫娘に、摘みたてを送ってその喜ぶ顔を想像して、それを喜びとすることもできました。3.11から二年、豊穣の喜びを分かち合うことも、苺を頬張る孫の笑顔を想像することもできなくなりました。我々老夫婦も細やかではありますが、風評の被害者なのです。又、三県の農家の人々に申し訳ないと、後ろめたさを覚えながらも、三県の名のついた農産物を避けて買う虚しい努力をする生活者も被害者ではないのでしょうか。

続きを読む "”風評被害”という四字熟語の意味するもの"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧