2016/06/10

目標達成力と目的思考力

 マスコミは舛添都知事の金銭問題で持ちきりです。ですがこういう批判に同調していては、他者を己れの鏡とすることはできないと思うのです。今の日本を映した姿として提示された問題でもあると思うのです。「他者は己れを映す鏡」ですから。 
 目標達成力と目的思考力という視点から見るとこの問題を「己れの姿を映した鏡」として捉えることができるのではないでしょうか。

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2016/01/01

明けましておめでとうございます

20160101_3 明けましておめでとうございます。昨年は、原発再稼動、安保法案と日本のこれからを左右する重要な決断が幾つか下されました。21世紀を生きる日本人の方向も定まったように見えます。三蔵法師の智慧と孫悟空の勇気のエネルギーに助けられて、今年も干支の循環を回ります。日本列島に循環の思想の回帰を願いつつ。
 
本年もどうぞよろしくお願いします。

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2015/12/27

今こそ「歴史観」を鍛える好機(1)書名「世界史の誕生」著者岡田英弘を読む

Img_0077_4書  名 「世界の誕生」
著  者  岡田英弘
出版社   ちくま文庫
 今、日本と中国の間では南京虐殺事件をめぐって争っています。そして日本と韓国の間でも従軍慰安婦問題で争っています。共に歴史認識の違いとか歴史修正主義と罵り合っています。日本人の間でも二つの出来事を巡って大きな断裂が生じています。しかしお互いの主張を丁寧に見ると、それは過去の歴史(一般的な)の問題というより極めて今日的、政治的問題といえるのではないかと思います。歴史修正主義とか歴史認識と真顔で問題として捉えるなら、「歴史とは何か?」と、過去の歴史を丁寧に紐解いて、己れの歴史観を鍛えておきたいものです。
 著者岡田英弘はP82にこう書いています。「『歴史』という言葉は、漢字で書いてはあるが、中国語起源のものではない。現代中国語で『歴史』(リーシー)というのは、日本語からの借用である。日本語の『歴史』は、英語の『ヒストリー』の訳語として明治時代に新たに作られた言葉で、それを日清戦争(1894~95年)の後、日本で勉強した清国留学生たちが、、中国に持ち帰ったのである」と。今日の日本人にとっては興味深いものがあります。古代倭国末期日本の始めの頃、中国文明の影響を受けながらも創作した日本語が新しい言葉を造語して、中国文明へ戻っていく、互いに影響しあっていく「縁」の面白さです。
 さて今日、中国文明、中華思想、中華民族と語られるその成り立ちは、いかなるものなのだろうか。著者は随・唐王朝と称した中国王朝は漢字で表記されているがゆえに中国人の国と思いがちだが、実体は遊牧騎馬民族の鮮卑族の武力国家であったという。さらに遡ると、項羽と覇を競い漢王朝を建てた劉邦も、遊牧騎馬民族匈奴の武力を後ろ盾に成ったものだという。清帝国も満州から興った北方騎馬民族女真人ヌルハチによって建国されたものです。その清帝国を継承した毛沢東国家そして習近平率いる現在中国も今清帝国の版図を領土として思考しているのですから、遊牧騎馬民族国家的性格をも継承している国家とみたほうがいいのではないでしょうか。
 著者はチンギ・スハーンのモンゴル帝国の成立によって中央アジアの大草原を介して中国とヨーロッパが接触しユーラシア大陸が一つと認識され、世界史という概念が誕生したと記しています。日本人が学校で学ぶ世界史は西洋史と中国史が中心、それも西洋優位の歴史です。ところがローマ帝国の滅亡も遊牧騎馬民族のヨーロッパへの侵入が発端です。後にモンゴル帝国もウイーンまで迫り東ヨーロッパから中央アジアを支配し続けています。さらに後のオスマン帝国然りです。今世界史では「タタールの軛」と語られていますが、ロシア帝国、ソ連、そして今日のロシアも500年に渡るモンゴルの支配下にあったのです。西欧にもアジアにも馴染めない今のロシアの現在の姿の眼に見えない「因と縁」です。
  喫緊の東ヨーロッパの課題シリア難民、ウクライナ紛争、そしてトルコ、ロシアと拡がる中東の紛争も、遊牧騎馬民族の興亡の歴史をたどることで見えてくるものがあります。混迷を深める21世紀己れの歴史観を鍛えるには最適の一書です。「歴史とは何か」、ずばり同名の新書があります。

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2015/07/08

「水とお金のアナロジー」

「水とお金のアナロジー」

5月の講座に若い学部生19名が参加してくれました。冒頭にこの講座のテーマ「ビズネス感性を磨く」手始めは「会計リテラシー」そのさらに手始めにと「お金と水のアナロジー」の話をしました。

 経済学者にして哲学のひと岩井克人さんは”人間”は生物的実体と人間的実体の二重構造になっていると喝破しています。前者は“遺伝子”によって継承されていく。後者は”言語・貨幣・法”によって形作られていくので、生物的実体の生死とはかかわりなく社会的実体として継承されていく、後者はミームの一種なのでしょう。

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2015/03/08

「大塚家具の『父』VS『娘』の微笑ましくも激しい闘い」に想う

 3月6日薄日さす八甲田山の林立するモンスターの間を歩きながらふと思った。大塚家具の「父」と「娘」のマスコミに現身を晒して闘う姿を羨ましく、また美しいと。見事なまでに美しい樹氷のモンスター振りに誘われたのだろうか。八甲田のモンスターは青森トドマツが、日本海から太平洋に向かって吹き抜ける暴風雪に晒され氷や雪がついて育ったものだという。

テレビ報道の「父」と「娘」の闘いを父娘の醜い骨肉の争いと見ている方が多いように思う。マスコミの論調も概ね大同小異だ。中には「経営権を委譲した時、同時に株式を委譲しておかなかったことが原因だ」と語る経済評論家の姿もある。これはいつもの、現在の姿から過去に原因を求める、因果論的経営論の間違いだ。経営とはそれほど単純なものではないと僕は思う。

古を辿れば武田信玄は若くして父信虎を隣国今川領へ放逐している。以後父信虎は終生甲斐の富士を仰ぎ見ることはなかった。それでも今川家を通して養護料を送っていたのだ。わずか17才で家督を継いだ伊達政宗は畠山義継との和議の折隙をつかれ父輝宗を捕虜にされてしまうが、政宗は間髪を入れず、畠山義継もろとも父を鉄砲で撃ち殺したと語られている。お二人共その後は実弟をも殺している。父としての信虎、輝宗は冥土からその後の領国の繁栄を元国主として微笑ましく見ていたのではあるまいか。戦国の世の領国経営の習い、会社経営にもそんな一面もあるのではないか。
 

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2015/01/31

<棹秤を自分で持つ>

  2015年1月22日(金)ECB(欧州中央銀行)が向こう一年半の間に150兆円余のユーロの量的緩和に踏み切ると報道しています。日銀の黒田マジックを追うこと2年、FRBのQE3を追うこと6年、これで経済先進国のすべてが大量の通貨を増発することになりました。量的緩和とは大量の紙切れ通貨の大量増発ですが、先を行くFRBは年央にも増発した米ドルの圧縮をはじめると噂されています。この量的緩和に共通しているのは、目標を物価上昇2%、紙幣の増発は中央銀行が国債を買い込むという手法を使っていることです。

<国債マイナス金利広がる>2015年1月24日日本経済新聞記事

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC23H0C_T20C15A1EA2000/

 この記事にみられるように国債の金利がマイナスで取引されています。これは各国中央銀行が額面より高い価格で国債を買い入れている、つまりそれだけ中央銀行が含み損を抱えつつ量的緩和をしているということを意味しています。物価上昇目標2%が実現しなければ(恐らくしないでしょう)いずれその含み損が現実のものとなり国の負債として表に現れるというわけです。

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2015/01/07

<個人(家庭)の貸借対照表(B/S)>BST講座の皆様へ

<資金の循環と複式簿記の原理>
Photo  年に一度、大掃除が終わったら、家庭の資産・負債&資本を整理してB/Sを作ってみませんか?
 講座に参加していただいている皆さんは決算の都度、B/Sの重要性性を味わっておられると思います。僕が長年使っている個人のB/S(エクセル表)を差し上げます。メッセージにメールアドレスをご一報ください。マニアルが有るわけではありませんので、試行錯誤、疑問質問はこのコミュニティや直接メールでキャチボールしましょう。
 

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2014/01/26

映画「永遠の零」を観て-関係性を生き切った先に-

小説「永遠の零」が多くの方に読まれているのは知っていました。でも著者の日頃のマスコミ等々で語る口調ににじみ出る戦争観は、僕とは異なるようで、タイトルからも零戦賛美の物語を想像し、手にすることもありませんでした。映画になってとうとう観るはめになったのです。映画はいつも僕が誘うのですが、この映画めずらしく家内が観に行こうと言いだしたのです。映画館を出るときの感想は先入観とはまったく違うものでした。山崎貴監督の視点が違ったのか、映画館を出るとき家内に問いかけました。「映画『永遠の零』は『輪廻転生』描いたのではないか?」と。
 零戦搭乗員の主人公宮部久蔵は太平洋戦争緒戦、真珠湾の青空の下を舞い、太平洋戦争のターニングポイントといわれるミッドウェイ沖海戦では空母赤城から出撃しますが、帰投するときには、すでに母艦赤城は沈没、海上に不時着して生き残ったといいます。そして暗雲立ちこめるラバウル上空の空中戦を生き抜いています。ところが彼は臆病者、卑怯者、命を惜しむ者と陰口を聞かれていました。それは搭乗員仲間の間で億面もなく、妻子の写真をポケットに「生きて帰りたい」「妻のために死にたくない」と語っていたということに原因のひとつがありました。

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2014/01/10

映画「かぐや姫野物語」を観て(2)現代の絵巻物語

映画は素晴らしいの一言尽きる。アニメ、漫画、劇画といった言葉のいずれともいい難い。現代の絵巻物語です。水彩画を思わせる絵の中に鳥、虫、けものが生き生きと躍動し、草、木、花自然が光に包まれて輝いています。微妙な光、微かな影、しなやかに織衣の舞う風情も、すべて水彩画の淡い色使い。映画の中でかぐや姫が絵巻物を一気に広げるシーンがあります。平安貴族が学び楽しんだ絵巻物語です。映画「かぐや姫の物語は、一庶民の老夫婦にもたった千円で見せてくれる極上の、現代の絵巻物語です。
 CMのシーンでは怖い顔をして疾駆するかぐや姫を観て子供にはむかないのではと思われた方も多いやに聞いていますが、ぜひ子どもたちにも観て欲しいいのち溢れる絵物語です。

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2014/01/09

映画「かぐや姫」を観て(1)ノベライズ

    <金色の平等院鳳凰堂>
20101009dsc024071 古今東西の名作といわれる物語や小説,が沢山映画化されています。小説を映画化したものは期待はずれに終わるから観るな、という方も多いのですが、僕は積極的に映画化されたものを観ることにしています。小説を読んで己が勝手に思い描くその持てる意味と、作家が書こうとした意味との差異を知ることもできません。情報は受信も発信も己の主観を出ることはできないのですから。そこで映画監督はいかなる意味を引き出してくれるのかが楽しみなのです。しかし映画を観ても、それが監督の引き出した意味にそっているのか否かも又確かではない、そこにもまた密かな己の楽しみがあるのだと思うのです。
 高畑勲監督の「かぐや姫の物語」は上映に先がけて脚本を小説化した小説「かぐや姫の物語」がでました。ノベライズというのだそうです。映像の元になった脚本の文章から、自分がイメージできる「かぐや姫」や高校生の頃に古文のテキストとして記憶している竹取物語との違いはどこにあるのだろうか。と映画を見る前に小説「かぐや姫の物語」を読みました。

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