2018/12/31

「紅白の南天」のお正月」

<紅白の南天>

20190101_3 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。我が家の紅白の南天がたわわに実っています。南天は我が家に10本ほどありますが、すべて野鳥が運んできたものです。この紅白の南天も例外ではありません。庭で大きくなり実ったものは、野鳥の越冬の食になります。住居から遠いところから実がなくなっていくので、この紅白の南天もこれから春にかけて野鳥が食べにくるのでしょう。そして落とした糞からまた新しい芽が伸びてきます。鳥類は恐竜の進化したものだそうですが、この循環が鳥類の「いのちの活き」の循環であり、繁栄の道なのでしょうね。
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「お金の『いのちの活き』を資本と仮名した」

   <図1.干支の循環>
20190101_2  明けましておめでとうございます。毎々の循環の賀状です。2019年の年頭に「お金と資本」を「いのちの活き」という視点で考えてみました。昨年末の株式市場の暴落をみて、すわリーマンショック再来かと胸騒ぎ、これも干支の循環と同じマネーの循環なのでしょう。21世紀の資本主義の風潮を「マネーゲームだ!」「資本主義の終焉だ!」「拝金主義だ!」と切って捨ててもその循環の流れを断ち切ることはできないことは明々白々。さてさて如何せん。
 
昨年は夢枕獏さんが著書「沙門空海唐にて鬼と宴す」の中で空海の口寄せをして「言葉は器だ。この世で最も大きなものもこの器に盛ることができる。どんな小さなものもこの器に盛ることができる。」無限大の宇宙から極小の素粒子まで現世はすべて言葉の世界だと語っているのを見つけて思わず「これだ!」と膝を打って納得。

                    <図2-1.米ドルに刻まれた「神」の存在>
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2018/12/11

「円相中の夢」と「胡蝶の夢」と

<「円相中の夢」-龍澤寺 鈴木宗忠老師>
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長年の縁者から「円相中の夢」が届いた。三島にある龍澤禅寺の鈴木宗忠老師の墨蹟とある。墨蹟に詳しく禅僧とも親しい縁者からの禅問答か。さっそく床の間に懸けてしばし坐して眺めていた。円相は宇宙とか「無」といった禅の悟りの境地を筆にしたものと聞いている。
 宇宙は
無限の広がり、境目はないのだから理屈をいえば、無地の白紙をそのままで描いたことになるのだろうが、それでは書にならないから円を描くのだろう。それにしても宇宙の中に「夢」とはなんだ。「無」のなかから夢が湧いてくるのか。西田幾多郎は相対界の有無と分けるためか「絶対無」と「西田語」を紡いだ。相対界の有無が生じる、万物が生じる泉であり場のことだ。夢もこの「絶対無」から湧いてくるのか。

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2018/10/27

<「自己責任」と「自己の責任」と>-己れの命は己れで守る-

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ジャーナリストの安田純平さんの救出劇を巡って、またまた「自己責任」なる言葉がマスコミやSNS上を飛び交っている。この言葉を流行らせたのは、小泉・竹中政権だったと記憶しているのだが。

 15年前の2003年8月10日還暦記念にと、赤いちゃんちゃんこを持参して北アルプス裏銀座を縦走した。照れくささも手伝って山頂で三脚を立て、いそいそとちゃんちゃんこを纏ってカメラの前に立った己れを思い出す。初日の烏帽子岳の山頂に真新しい少し華奢な鎖が垂れ下がっていた。鎖の前に立て看板がある。「岩がもろいので『自己責任』で」と書いてある。当時「自己責任」の言葉は反射的に時の大臣竹中平藏さんの顔が浮かんでしまう。「むっと」して思わずシャッターを切った。山小屋に入ると食堂にも「自己責任」の張り紙がある。さらに「むっと」して、泊まるのをキャンセルして、次の山小屋まで3時間歩いた。着くころにはすでに日没が迫っていた。

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2018/06/04

映画「万引き家族を観て」-「家族とは何か?」・「本質とは何か?」-

 昨日(6月3日)都心に出なければ観ることができないと思っていた映画が二日間だけ隣町で先行上映されると聞いて慌てて出掛けた。そして映画館を出た。家内の第一声が「パルム・ドール賞をもらったというけど、フランス人にわかるのかなぁ」。映画のテーマは“今ここ”の日本人家族の物語に観えるが、「家族とは何なのか?」人間社会の家族の普遍的な本質を、日本社会の家族にまつわる“今ここ”の諸々の現象を社会現象としてではなく、生のままの家族の有り様として提示することで、表現した物語だと思う。もう一段階普遍的にいうと観客に「本質とは何か?」を問いかける物語でもあるのではないか。今この日本列島に生きる我々に「『本質とは何か?』を問うこと」を問いかけているようにも思える。

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2018/02/04

北極星は動かない-瞑想の薦め-

   <北極星は動かない>
20180204 1.コトバから生じる自我
 人間が猿と袂をわかった生物的由来は二足歩行にあるといわれている。しかし決定的な別れ、現代人への別れの由来は5万年前に現在の言語発声の始まりとなった突然変異にあるといわれている。経済学者にして哲学者岩井克人さんは、著書「資本主義から市民主義へ」の中に「人間は言葉を使う猿である」と書いている。人間はコトバを使うようになって、主体と客体、自他の分別が生じ、空間認識をするようになった。と同時に、“今ここ”を中心に過去と未来を分別するようになった。この主体が意識的自己であり、自我の目覚めである。意識的自己は、自利(自己中心的価値観)を育て、未来の己れ(自我)のイメージを様々描くようになる。いわゆる夢だ。そして、その夢を実現するための目標を設定し「P→D→C→A」のサイクルを回すようになる。しかしその夢の多くは叶わない。その理由は簡単だ、意識的自己(自我)が描く夢は極めて自己中心的なイメージであり、他者の存在に思いが及んでいない。そこに常に不確実性が待っているからだ。

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2018/01/10

そこはかといない不安はどこから、?

<「生物的実体」と「社会的実体」の絶対矛盾を生きる存在>
20180110

1.生物的実体
 宇宙誕生の初めビックバンから138億年が経ち、地球が誕生して46億年が経つという、そして微生物が誕生して38億年経ち、人類の祖先が誕生して600万年が経っている。しかしニコラス・ウェイド著「5万年前」によれば、現代人の祖先は5万年前に出アフリカを果たした150人の集団から始まったという。5万年で72億人にまでに増えたのだ。またリチャード・クラインは著書「5万円前に人類に何が起きたか」の中で、で西アフリカで人類の言語をつかさどる遺伝子に突然変異が起きたのも5万年前だと書いているから、ひょっとすると、あたかもモーゼの出エジプトの逸話のように、その人々が紅海を渡った150人なのかもしれない。150人の遺伝子は72億人にまで増殖したことになる。この遺伝子は個体の世代交代を繰り返しながら情報を伝えていく、生物的遺伝子だ。  

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2018/01/04

明けましておめでとうございます(2018年元旦)

20180101明けましておめでとうございます。
 毎々のの賀状です。
 年末に塩野七生さんの「ギリシャ人の物語Ⅲ」が出版され、古代ギリシャの歴史物語が完結しました。今何故ギリシャなのだろうか?、民主政の勃興と成熟そして衰退、それに重なる都市国家アテネの盛衰の様を活き活きと描いています。
 民主政の盛衰と国家の盛衰、その過程で政治家は如何に行動し、有権者は如何に対応したのか。昨年の日本の政治の有り様も写し絵のようにもみえます。最終巻は古代ギリシャの辺境で王政を敷いていたマケドニア王国に現れた青年アレキサンダーの物語。「ローマ人の物語」以来欠かすことなく、年末に一巻ずつ上梓し続けてきた塩野七生さんの持続力は、パワー、エネルギーという表現より以上に我々読者への律儀さというに相応しいようにも思えます。律儀を貫くにも強いエネルギーが必要なのですね。

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2017/10/29

絵本「100万回生きた猫」が教えてくれる「お客様第一主義」

書名「100万回生きた猫」

著者 佐野洋子
出版社 講談社
   <選び・選ばれる関係>
20171028100  

.コペルニクス的転回

 

「顧客満足」とか「お客様第一主義」を標榜してはいるものの、なかなか実現できている企業は少ない。「売る」から「買っていただく」と言葉の上では丁寧になり視点がお客様に移ったようにみえるのだが、言葉が変わっただけで、自己中心的思考の方向は変わっていない。お客様第一主義は自己中心的思考から他者中心的思考へ、天動説から地動説への転換、コペルニクス的転回、質的転換なのだ。太陽とまでとはいわないが、せめて月面に立って地球を見るという立ち位置の転換なのだ。絵本「100万回生きた猫」はその質的転換を教えてくれている。 

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2016/06/10

目標達成力と目的思考力

 マスコミは舛添都知事の金銭問題で持ちきりです。ですがこういう批判に同調していては、他者を己れの鏡とすることはできないと思うのです。今の日本を映した姿として提示された問題でもあると思うのです。「他者は己れを映す鏡」ですから。 
 目標達成力と目的思考力という視点から見るとこの問題を「己れの姿を映した鏡」として捉えることができるのではないでしょうか。

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