2017/08/23

書名「福岡伸一、西田哲学を読む」福岡伸一・池田善昭著

書名「福岡伸一、西田哲学を読む」-生命をめぐる思索の旅-
著者 池田善昭・福岡伸一
出版社 明石書店
Photo 美空ひばりの演歌の一節に「人生って不思議なものですね」とありました。こんな一節が口をついて出てくるのも年回りのせいなのでしょうかね。(苦笑)書店の店頭でのこの本と出逢ったときの感覚です。欠けているとは意識していなかったのですが、明らかに欠けていたジグゾーパズルのワンピース、それが見つかると、人生の未完成のジグゾーパズルの絵がまた少しだけ違ってみえてくるから不思議です。
 書店でこの本を手にした方は、理路整然と間違いを犯す、論理的思考からの開放、そして因果律の呪縛から解き放たれる一片の「不思議」のピースをこの本の中に見つけるかもしれません。
 生物学者福岡伸一さんは著書「生物と無生物のあいだ」で「生命とは動的平衡にある流れ」と定義しています。「もの」ではなく「流れ」です。帯には小さく「ロゴス<論理>対ピュシス(自然>」である」とも書かれています。

続きを読む "書名「福岡伸一、西田哲学を読む」福岡伸一・池田善昭著"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017/05/07

今読む塩野七生著「サイレント・マイノリティ」

書名「サイレント・マイノリティ」

著者 塩野七生

出版社 新潮文庫
Photo
「保守か革新か」「右翼か左翼か」「ネトウヨかネトサか」とFB、ツイッター等々SNS上はレッテル貼りに大賑わいだ。日本人はブランド好きといわれるけれど、ブランドというレッテルにはまだ多様性があるように思う。ここでは一刀両断、日本人はいつからこんなに多様性を見失い二元論者になったのだろうか。同世代の縁者とのお酒の上の世間話もいつも「お前は左翼だからなぁ」で終わる。帰宅して机の前で「どうして俺が左翼?」としばし自問する。

 塩野七生さんの著書「サイレント・マイノリティ」P154に「真の保守とは・・・・」がある。この中でイタリアの文明批評家ジュゼッペ・プレッツオリーニ(1882年~1982年)が挙げた保守主義者の条件を紹介しているさて己れは保守なのか革新なのか、それとも親しい縁者の云うごとく左翼なのか、久々に読み返してみた。なんと34項目もある。読んだ折にうなずきながら赤線を引いた項目が幾つもある。いくつか書き出してみた。

続きを読む "今読む塩野七生著「サイレント・マイノリティ」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017/02/26

映画「沈黙」を観て

遠藤周作著「沈黙」をマーチン・スコセッシ監督が映画化したと聞いて、若い頃読んだまま記憶の底に沈んでいるストーリーを思い出すべく読み直して、上映されるのを楽しみに待っていた。監督が小説「沈黙」に出会い、映像化しようと30年の長きにわたって考え続けた作品だという。
 ご自身がクリスチャンでもある遠藤周作が日本人であるがゆえに持たざるをえなかった「神の実在」という信仰上の悩みの過程を、江戸幕府初期のキリシタン弾圧と信徒の棄教との関係に置き換えて語ったのだろう。
 遠藤周作の原作は発表当時西欧では発禁処分にした国も多かったと聞いている。日本人が映画化するには、小説のテーマをまともに描けたとすれば、映像であるだけに「神の実在を信じる一神教の人々には、小説以上に厳しい扱いをうけるのではないだろうか。
 とはいえ「神の実在」を宗教の本質とする人々が日本人の遠藤周作の日本人ゆえの信仰の悩みを理解して映像化するのも困難に思われる。遠藤周作の原作は神への冒涜とも読めるだけに難しいだろうと思うのだ。しかしマーティン・スコセッシ監督は構想30年、抑制...の効いた映像、脚本、俳優の名演技で見事に映画化してみせた。

続きを読む "映画「沈黙」を観て"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/29

書名「堕落論」 坂口安吾著

NHK100分de名著坂口安吾”堕落論”
2016年7月4日(月)22:25分~50分第一回「生きよ堕ちよ」
再放送 7月6日(水)12:00分~25分
 毎々伊集院光と指南役との対話も洒脱で興味深い。今回の指南役は大久保喬樹東京女子大学教授、時宜を得た一冊伊集院光も水を得た魚のように語るのではなかろうか。
書  名 堕落論
著者名 坂口安吾
出版社 角川文庫
20160628 角川文庫の帯には「人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」そして裏表紙には「人間は生き、人間は堕ちる。このこと以外に人間を救う便利な近道はない」とある。なにやら親鸞の悪人正機説「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」に通じるものがある。「人間とは何か」「日本人とはいかなる生きものなのか」腹の底から吐き出すように語っている。逆接、逆説に満ち満ちた警世の書だ。

続きを読む "書名「堕落論」 坂口安吾著"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/04/08

今読む 書名「日本的霊性」 著者 鈴木大拙

書 名「日本的霊性」
著 者 鈴木大拙
出版社 岩波文庫・中公クラシックス
書 名「神殺しの日本」
著 者 梅原猛
出版社 朝日文庫
Photo 曰く「日本を取り戻す」「日本は素晴らしい」「日本のおもてなし」「日本のものづくり」このところ日本国内に「日本」「日本」の大合唱がこだまする。外国人観光客が日本国内で消費することをインバウンド消費というらしい。日本語の便利な表現形式に外来語を片仮名表記する方法がある。インバウンドを外国人観光客と意訳したのだろうか。英語には「in-bound」は境界内、内向きという意味があるそうだ。国民の国内消費が低迷しているから、外国人のお金を当てにしようという意味にも取れる。一方で第二次安倍政権の経済政策、円安誘導で輸出企業が潤いトリクルダウンが起きるそうだ。結局ここも外国人頼みに見える。共に内向きの姿勢の表出ではないだろうか。
 取り戻す「日本」とは何なのか、日本文化のことか、戦前の天皇制のことか、愛国心のことか、日本人の心のことか、日本の領土のことか。日本を取り戻さなけれえばならないとすれば、今の日本は日本ではないのか、誰から取り戻すのか。へそ曲がりの僕は「ちょっと変だぞ!今の日本人」と首を傾げたくなる。日本人の文化は、自分のことをあからさまに自慢するの嫌う文化ではなかったか。人間の尊厳とは、一人の人間として他者に依存せず、個として自立した心の有り様ではなかったのだろうか。

続きを読む "今読む 書名「日本的霊性」 著者 鈴木大拙"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/01/11

「居場所つくり」書名「もしイノ」岩崎夏海著を読む

書 名「もしイノ」
著 者 岩崎夏海
出版社 ダイヤモンド社

Photo  年末に日経新聞の広告を見た瞬間「もしドラ」の二番煎じか?、と思いました。ところがJR東北線車中の広告に「今度は『もしイノ』テーマは『イノベーション』みつけたのは『居場所』」とありました。おもわずつり革に揺られながら手帳にメモ、「居場所」という言葉が引っかかったのです。今日本を覆っている、そこはかとない居心地の悪さは、多くの人が個人としての居場所を失いつつあるという不安感にあるのではないでしょうか。それは世界を見回しても同じです。
 
イラク、アフガニスタン、シリアと国家という枠組みが崩壊し、その国の人々は居場所を失い、難民として流離っています。さらに年初にはサウジアラビアとイランの国交断絶が宣言され、周辺の小国も追随し全域に戦火の臭いが漂って、人々の居場所ではなくなりつつあります。アメリカ、日本、ヨーロッパと先進国に拡がる貧困でも人々は己れの居場所を失いつつあります。

続きを読む "「居場所つくり」書名「もしイノ」岩崎夏海著を読む"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「いのちの居場所・居場所のいのち」書名「場の思想」清水博著を読む

書  名 「場の思想」
著者名 清水博
出版社 東京大学出版会

Photo_2<生命の二重性>
 生命科学者である著者はこう記していいます。物質と生命というが、生命とは生物という物的なもののことではなく、「生命とはいのちの活き」のことである、といいます。人間の身体に喩えると、細胞は個々の活きをとおして臓器として活き、臓器は臓器として活くことによって身体としては活く。その身体としての個々人は、身体を活かせることで、家庭人、企業人として活いて(働くではなく)います。「細胞→臓器→身体→家庭」とロシア人形のマトリョーシカのような入れ子の構造になっています一方で「細胞→臓器→身体→企業人」というマトリョーシカでもあります。個々人も家庭も企業もそして地域社会も多様なマトリョーシカを活きているのです。
 さらに細胞を構成している分子原子と遡っていくと、素粒子にいきつきます。その素粒子は粒子性という物的であり波動性という動的なものという二重性をもった存在なのです。

続きを読む "「いのちの居場所・居場所のいのち」書名「場の思想」清水博著を読む"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/12/27

今こそ「歴史観」を鍛える好機(1)書名「世界史の誕生」著者岡田英弘を読む

Img_0077_4書  名 「世界の誕生」
著  者  岡田英弘
出版社   ちくま文庫
 今、日本と中国の間では南京虐殺事件をめぐって争っています。そして日本と韓国の間でも従軍慰安婦問題で争っています。共に歴史認識の違いとか歴史修正主義と罵り合っています。日本人の間でも二つの出来事を巡って大きな断裂が生じています。しかしお互いの主張を丁寧に見ると、それは過去の歴史(一般的な)の問題というより極めて今日的、政治的問題といえるのではないかと思います。歴史修正主義とか歴史認識と真顔で問題として捉えるなら、「歴史とは何か?」と、過去の歴史を丁寧に紐解いて、己れの歴史観を鍛えておきたいものです。
 著者岡田英弘はP82にこう書いています。「『歴史』という言葉は、漢字で書いてはあるが、中国語起源のものではない。現代中国語で『歴史』(リーシー)というのは、日本語からの借用である。日本語の『歴史』は、英語の『ヒストリー』の訳語として明治時代に新たに作られた言葉で、それを日清戦争(1894~95年)の後、日本で勉強した清国留学生たちが、、中国に持ち帰ったのである」と。今日の日本人にとっては興味深いものがあります。古代倭国末期日本の始めの頃、中国文明の影響を受けながらも創作した日本語が新しい言葉を造語して、中国文明へ戻っていく、互いに影響しあっていく「縁」の面白さです。
 さて今日、中国文明、中華思想、中華民族と語られるその成り立ちは、いかなるものなのだろうか。著者は随・唐王朝と称した中国王朝は漢字で表記されているがゆえに中国人の国と思いがちだが、実体は遊牧騎馬民族の鮮卑族の武力国家であったという。さらに遡ると、項羽と覇を競い漢王朝を建てた劉邦も、遊牧騎馬民族匈奴の武力を後ろ盾に成ったものだという。清帝国も満州から興った北方騎馬民族女真人ヌルハチによって建国されたものです。その清帝国を継承した毛沢東国家そして習近平率いる現在中国も今清帝国の版図を領土として思考しているのですから、遊牧騎馬民族国家的性格をも継承している国家とみたほうがいいのではないでしょうか。
 著者はチンギ・スハーンのモンゴル帝国の成立によって中央アジアの大草原を介して中国とヨーロッパが接触しユーラシア大陸が一つと認識され、世界史という概念が誕生したと記しています。日本人が学校で学ぶ世界史は西洋史と中国史が中心、それも西洋優位の歴史です。ところがローマ帝国の滅亡も遊牧騎馬民族のヨーロッパへの侵入が発端です。後にモンゴル帝国もウイーンまで迫り東ヨーロッパから中央アジアを支配し続けています。さらに後のオスマン帝国然りです。今世界史では「タタールの軛」と語られていますが、ロシア帝国、ソ連、そして今日のロシアも500年に渡るモンゴルの支配下にあったのです。西欧にもアジアにも馴染めない今のロシアの現在の姿の眼に見えない「因と縁」です。
  喫緊の東ヨーロッパの課題シリア難民、ウクライナ紛争、そしてトルコ、ロシアと拡がる中東の紛争も、遊牧騎馬民族の興亡の歴史をたどることで見えてくるものがあります。混迷を深める21世紀己れの歴史観を鍛えるには最適の一書です。「歴史とは何か」、ずばり同名の新書があります。

続きを読む "今こそ「歴史観」を鍛える好機(1)書名「世界史の誕生」著者岡田英弘を読む"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/15

ラ・ボエシ著「自発的隷従論」 を読む

書名 「自発的隷従論」
著者 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ
出版社 ちくま学芸文庫
Photo_4  書店の店頭を逍遥するのは子供の頃縁日の夜店を歩いたような、ワクワク感があります。一冊一冊が、「何か」を問いかけているように思えるのです。今春出会った一冊の文庫、十六世紀に十代の若者が書いたという、この論文は今我々に「何を」問いかけているのだろうか。十六世紀は、ヨーロッパ人が「新大陸を発見した!」と、アメリカ大陸へ殺到した頃ですから、すでに古典といわれるジャンルに属するものです。過去、日本でも翻訳されているそうですが、単行本として出版されるのはこのちくま学芸文庫版が初めてなのだそうです。初版は二年前の秋、僕が手にしたのは今年の春、すでに5版を重ねています。この古典は21世紀を生きる日本人に「何を」問いかけているのだろうか。
 人間の本性は自由を求めている。オリに入れられたり,頸木を嵌められるなら、命がけで抵抗する。と多くの人々は思っているのではないでしょうか。生物の本性とはそいういもの、人間も生物だから同じだ、と。もちろんかくいう僕自身もそう思っていました。
 ところが著者は「そうではない」といいます。十六世紀、国民国家、民主主義といった政治体制があったわけではない。がしかし、著者ボエシの解き明かした、自らすすんで服従する性癖としての「自発的隷従」は王制、独裁制、君主制、民主制等々政治体制のいかんにかかわりなく、21世紀の今日においても存在するものだという。この本の帯には「圧政に”自ら従う”奴隷根性は今も昔も変わらない」とあります。

続きを読む "ラ・ボエシ著「自発的隷従論」 を読む"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/07/07

お奨め書名「帳簿の世界史」ジェイコブ・ソール著

書名「帳簿の世界史」
著者 ジェイコブ・ソール
出版社 文芸春秋
 今東芝の粉飾決算問題もあり、時宜を得た一冊です。1929年の大恐慌、リーマンショック、世界経済を揺るがす大事件でも公正を期するはずの会計監査法人も総掛かりの粉飾決算が明らかになっています。にもかかわらず帳簿(複式簿記)の重要性はますます高まっています。腰巻きには「権力とは財布を握っていることである」とあります。今時のギリシャ問題の本質もこの腰巻きの一行に象徴的に表れています。ユーロに加盟した瞬間に加盟国は国家としての権力を手放していたのです。自由に離脱する術はないのです。古代ギリシヤ悲劇は神々の悲劇ですが、現代のギリシャ悲劇は直接的にギリシャ庶民の悲劇です。日本の庶民層にとってもいつか来る我が身の姿かもしれません。  

続きを読む "お奨め書名「帳簿の世界史」ジェイコブ・ソール著"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧